住民主導まちづくりは、複雑系
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3。 協議会活動プロセスにおける複雑性

 

複雑系とは

 私自身もまだまだまだ勉強不足ですが、 この「複雑系」というのは、 生きているシステムに対して一つの解釈を与えようとする新しい試みで、 「複雑な」とは「多数の独立した個が相互作用し合っていること」と捉えています。

 この「相互作用」が非常に重要で、 この相互作用の豊かさが、 システム全体の自発的な「自己組織化」を可能にするとされています。

「自己組織化」というのは、 「混沌とした状況の中から自発的に秩序を形成すること」です。

 まちづくりでいえば、 個人間の相互作用、 小規模協議会間の相互作用によってシステム全体が自発的に秩序を形成することと解釈されます。


「カオスの縁」とまちづくり

 
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「カオスの縁」とまちづくり(資料:m・ワードロッロプ「複雑系」より作成したものにまちづくりを追加
 
 私が「複雑系」に興味を持ったものの一つに、 震災直後の混乱から協議会が生まれる現象と「カオスの縁(ふち)」という概念の類似性があります。

 例えば、 物質でみると、 水など「流体」は分子が非常に流動的でカオス状態になっています。 一方「固体」の氷は、 凍結して動きがありせん。 この流体と固体との間に、 「相転移」の領域があるとされており、 これを「カオスの縁」と呼んでいます。 これは、 生命体をはじめ、 複雑なシステムに共通する現象とされています。

 「カオスの縁」は静的すぎず動的すぎない状況で、 「情報が適度に保持される安定性」と「適度に伝達される流動性」とを絶妙のバランスで持っていて、 、 色んなものの進化する領域であるとされています。

 震災直後の混乱は非常にカオス的状況です。 「まちづくり協議会」ができて、 うまく情報が伝達されるようになりました。 「まちづくり協議会」は、 「カオスの縁」にある状況と、 モデル的に捉えることができるのではないでしょうか。


まちづくり協議会活動の位置

 
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協議会活動の位置
 
 震災直後はカオス的な状況だと言いましたように、 情報も非常に混乱し、 個人がそれぞれの勝手な動きの中で様々な混乱が起こります。 そんな中でまちづくり協議会が組織化されると、 情報が正確に整理されて入ってくるようになり、 秩序のある活動となり、 まちづくりが行われていきます。

 協議会ができなかった地区では、 カオス的なエネルギーは、 まちづくりに生かされず、 個人的な解決とともに、 消滅していきました。

 しかし協議会は、 非平衡状況にあるものであり、 やがては平衡状況、 すなわち協議会の停止に至り日常の繰り返しに戻りやすいことは、 これまでのまちづくりの経験や今回の震災復興まちづくりの多くの例からも知ることができます。

 震災はカオスの状況をつくりだしましたが、 一般のまちづくりの起こり方を見ても、 地区での大きな混乱を契機に協議会が出来るケースが多いようです。 私の経験ではラブホテルができたのがきっかけとなり、 協議会が生まれた例がありました。

 「カオスの縁」のような非平衡状況における秩序は、 物質とエネルギーが継続的に散逸することによって維持される「散逸構造」であるとされています。 「カオスの縁」というアナロジーで示す事ができる協議会では、 存続する上で、 そこに人、 情報、 テーマやビジョンなどが行き交っている状況が、 理想的ということになります。


まちづくり活動のプロセス

協議会活動の変遷
 
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7協議会の年度別集会回数(9協議会のうち) まちづくり提案の時期
 
 これは平成7〜13年に行われた新長田北地区東部の7協議会の活動を表にまとめたものです。 これを見ると、 この地区では平成7年には126回もあった協議会の役員会が、 平成13年には27回と、 段々と減っているのがわかります。 これは、 単一協議会で取り組むテーマが少なくなってきたことによります。

 それに反して、 「いえなみ委員会」の活動は、 増えていっています。 いえなみ委員会とは、 平成10年頃にいえなみ基準を自主運用するために各協議会が連携してつくった組織です。 この委員会は、 後にまちづくり協議会連合会ができるまで、 地区全体のまちづくりに関しての取り組みが行われました。

 「まちづくり提案」の内容をみると、 いえなみ委員会が活動をはじめる前後に、 区画整理事業の仮換地を進めるためのハードな計画提案から、 ビジョンや景観づくりのまちづくり提案に変わっていることがわかります。

ターニングポイント
 
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協議会の活動状況とターニングポイントの時期についての模式図
 
 震災復興の区画整理としては、 道路計画、 地区計画、 共同建替計画といった仮換地をするための計画、 (ここでは、 「事業系活動」といっています)ができれば、 徐々に仮換地が始まることになり、 おおむね復興区画整理のための協議会の役割は、 終わったように見られやすくなります。 ですから、 協議会が事業系活動のみに注目している限り、 協議会活動は衰退に向かいます。 他地区では、 この段階で活動を止めていった協議会も多くあります。

この地区ではそうではなく、 平成9〜10年に「シューズギャラリータウン構想」「アジアギャラリータウン構想」「いえなみ基準」をつくるなど、 ビジョンや景観づくりの活動に移っていったわけです。

 まちづくり活動のプロセスには、 「衰退」か「進化」の「ターニングポイント」があるということです。 「ターニングポイント」とは、 「衰退の兆候のときには、 隠れている新しい動きが湧き出てくる可能性があること」を言います。

自己組織化による地区全体の秩序形成
 
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単一協議会の連携とまちづくり提案(自己組織化)
 
 当地区おいて、 ターニングポイントにおける進化は、 どういう形で起こったかと言いますと、 協議会どうしの多元的な組織化により起こりました。

 図に示しますように、 当初の「基本まちづくり提案」は主として街区計画ですが、 おおむね単一協議会毎でおこなっています。 地区計画提案、 共同建替適地選定などになると、 隣接する協議会が連携して「まちづくり提案」がおこなわれました。

 このような単一協議会の連携の動きの過程で、 協議会役員幹部がシューーズ企業に出かけ、 シューズ産業の将来ビジョンを話し合うことがありました。 この「小さな揺らぎ」が、 工業系用途地域にある協議会どうしで組織を作り、 「シューズギャラリー構想」をまちづくり提案する契機となりました。 それと連鎖するように、 商業系用途地域にある協議会どうしが組織を作り、 「アジアギャラリー構想」をまちづくり提案しました。 そのような流れの中で、 新長田駅北地区全体の協議会が参加する「いえなみ委員会」ができ、 「いえなみ基準」を自主運用するようになるのです。

 まちづくりの課題やビジョンづくりの「小さな揺らぎ」が協議会がどうしが連携を促し、 いろいろな組織ができるごとに「まちづくり提案」が行われ、 地区全体の組織化とまちづくりビジョンが自然に形成されていきました。

 このことは、 多くの小さな協議会からの「自己組織化」により、 地区全体の秩序をつくったといえます。

 

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新長田駅北地区東部のまちづくり組織図(平成15年現在)
 
 現在この地区では、 まちづくり組織が網の目状に広がりつつあります。 協議会は当初12団体ありましたが、 その中のいくつかの協議会が合併し、 協議会が無かった町丁単位の街区にも協議会ができたりして、 現在、 当地区全域に協議会ができ、 9団体となっています。

 9協議会で構成する「まちづくり協議会連合会」ができて、 「いえなみ委員会」はそれまで地区の全体に関わることをしていてのですが、 本来の機能、 いえなみ基準を自主運用する組織に機能が純化されました。 協議会連合会やいえなみ委員会は、 それぞれ部会を作って活動しております。

 「商工活性化部会」は、 当地区のビジョン提案から生まれた「シューズプラザ」や「神戸アジア交流プラザ」など、 また新たに生まれたNPO型の組織の「神戸長田コンベンション協議会」や「集」など、 これらの「地域活性化団体」と協議会を結び付けて、 地域活性化のために活動する場となっています。 またいえなみ委員会は、 市全体や全国的な景観形成団体とも連携を持って活動しています。

 これらの多くの組織はすべて元気であるとは限らないのですが、 多元的な組織であることが持続性を維持し、 新たに他の組織とネットを作っていく事で、 新しい動きも期待できるのではないかと思っています。 これが、 単純に一つにまとまった大きなまちづくり組織と異なる点でないでしょうか。

多元的まちづくり組織と創発
 
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人工生命でいう「創発」(引用図面、井上、福原『複雑系入門』ntt出版)
 
 この地区のまちづくり組織についてお話してきましたが、 組織の推移で見られた現象は、 複雑系の中でも重要な概念である「創発」に類似しています。

 創発とは、 「個や部分の自発性が自己組織化して、 全体の高度な秩序を生み出す現象」とされています。

 例えば「りんご」は「分子」で構成されてますが、 「分子」とその上の階層である「りんご」とは、 まったく内容の違う物です。 このように「下の階層にない特性が上の階層で現れること」を創発が起こったといいます。

 当地区の経緯をみていきますと、 小さな「協議会」が林立しましたが、 まちづくりの課題を解決するため、 隣接する協議会と連携しながら、 それより上のいろいろなまちづくり組織ができ、 それぞれの組織がまちづくり提案を行いました。 さらに、 それらの組織が地区全体の「いえなみ委員会」や「協議会連合会」に発展し、 地区全体のまちづくり提案が行われ、 地区全体の秩序が作られていきました。 これらの組織は、 単一の協議会とは異なる役割を持って、 まちづくり提案しています。

 これは、 ボトムアップの創発性ですが、 人工生命分野でいう「創発」は、 トップダウンの流れをを含めた意味をも含めているようです。  個々の小さな部分が相互に関連し合って上の階層のシステムを作るだけではなく、 上の階層のシステムが今度は逆に個々の部分に影響力を持つ現象を言います。

 たしかに、 地区全体の「いえなみ委員会」や「協議会連合会」に参加することによって個々の協議会は、 活力を得ているといえます。 数ある協議会の中には、 活動を停止している単一協議会もありますが、 地区全体のまちづくり活動は、 生きています。 協議会が持続的に活動できるためには、 多元的なさまざまな組織がネットワークされている状況が望ましい状況だと思います。

 まとめますと、 「まちづくり」の一番小さい単位は個人や住民であるわけですが、 そういった「個」からの多元的に「自己組織化」や「創発」が起こることによって、 地区全体の秩序が形成されていったという言い方ができると思います。

 従来の考え方では、 例えば新長田駅地区なら区域全体、 または工区にまとめて協議会をつくった方が合理的に区画整理を進めらと考えることが一般的でしょう。 しかしそういう進め方をすると、 結局協議会がいくつかに分裂していったり、 そうでなくても自立的活動が発生しにくくなるのではないか、 すなわち「自己組織化」や「創発」が起こらなかったと思っています。


ポジティブフィードバック

 
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まちづくりスパイラルアップ
 
 以上が当地区におけるまちづくり組織とまちづくり計画の形成プロセスの大きな流れです。 この多くが震災後の5年までに、 活発に起こっておりますが、 その時期には、 いろいろ複雑系の概念で説明できるような現象が見られます。 その一例をお示しします。

 例えば、 「ポジティブフィードバック」です。 「ポジティブフィードバック」とは、 「発信した情報が、 フィードバックしながら変化を増幅する状況へ働く」ということです。

 図は、 当地でのふれあい祭りなど「イベント」、 まちづくり提案による「ビジョンづくり」、 提案に基づいた「事業」がスパイラルアップしながら良循環することを示していますが、 これを「ポジティブフィードバック」とみることができるのではないかと思います。

 「いえなみ基準」が作られたプロセスでは、 それぞれの単一協議会でのルールづくりの議論、 共同建替事業組合での議論、 「シューズギャラリー構想」や「アジアギャラリー構想」が作られ過程での議論などが同時並行的に行われており、 、 また当時神戸市では「神戸市民の安全の推進に関する条例」が策定中であったのですが、 その策定関係者からの情報などもありました。 それらの情報を「いえなみ基準」として一つに編集され、 またそれぞれの組織にフィードバックバックするということが何回も行われました。 そのことが、 それぞれの組織の計画づくりを活性化するともに、 「いえなみ基準」の存在意義を高める結果を得ました。 多元的組織の情報といえなみ基準づくりのフィードバックによる良循環が、 それぞれの組織の活動を活性化させた例です。 これも「ポジティブ・フィードバック」と表現することができます。

 ある時期、 市はそれぞれのまちづくり組織からの「まちづくり提案」に対して、 制度化や実現について時間を空けずに対応されました。 これがまた新しいまちづくり提案を促しました。 この繰り返しが、 協議会活動を活性化させ、 急速にまちづくり計画が進んでいきました。 これも「ポジティブ・フィードバック」です。


在来計画手法と住民主導まちづくり計画手法の比較

 
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市街地整備における計画形成プロセスの比較
 
 協議会活動のプロセスから計画形成が行われるまちづくりによる市街地整備計画は、 これまでの市街地整備計画手法とは、 対極的に異なります。

 従来型の場合は、 「行政」が計画主体であり、 コンサルタントはその手伝いをします。 一方まちづくり手法では、 協議会活動のプロセスが計画のプロセスであるわけですから、 基本的に「住民」が主体です。

 「計画の流れ」は、 従来型ではトップダウン、 つまり広域的・長期的視点から段々と地区レベルに落としていくというものですが、 住民主導ではボトムアップです。

 震災直後に「都市計画決定の内容そのものも住民で議論すべき」という意見もありましたが、 現場はそういう議論ができる状況ではなく、 むしろ個人的な生活の復旧、 再建などで大変な苦労をされていたのです。 そういった現場の様子を見て、 個人、 近隣というように、 段々と広がって、 やがて地域のことを考えていくというボトムアップが自然な流れであると実感しました。

 そのような状況から考えて、 2段階都市計画決定方式は、 地域的、 長期的な基本的骨組みを「都市計画」とし、 協議会によるボトムアップの計画づくりを「まちづくり」とする2階層の計画システムの存在を示唆するものでした。 また、 地域的、 長期的な基本的骨組みである「都市計画」は、 「都市計画マスタープラン」にあたるものであり、 平常時に市民参加で取り組んでおくことの重要性を感じました。

 「計画形成上のポイント」ですが、 従来型では、 まず優れた計画書を策定するということになりますが、 住民主導では、 「まちづくり提案」が出なければ計画も無く、 制度も動かないしわけですから、 「まちづくり提案」をどんどん出すというプロセスを繰り返していく、 つまり協議会活動を活発化していくことが、 計画形成上、 重要です。

 「計画作成」では、 従来型では、 フィジカルプランです。 フィジカル以外の内容はなかなかわからないわけですから、 当然わかる内容だけが詳しく計画に表現されるわけです。 一方の住民主導では逆に、 協議会活動プロセスの中で出てきた内容を反映した「まちづくり提案」が計画として反映されていきます。

 「計画の目標」は、 従来型では「予定調和」、 つまり一旦計画を作ると、 変更は多少あっても行政主導でそれを進めていきます。 それが実施段階で住民の反対にあって頓挫することは、 間々あることです。

 一方、 住民主導では何が起こるかわかりません。 行政は、 心配でしょうが、 場合によっては非常に面白い、 誰も想定できないような事が起こるかもしれないのです。 それを「開放型の未来」と呼んでます。

 「計画のマネージメント」は、 従来型では計画を作ってそれを「管理し、 コントロールしていくこと」です。 当然変更もあるわけですが、 それはやはり全体の計画が前提条件としてあったうえで、 変更されていきますので、 その場合でもやはり計画の管理をやっている事になるわけです。

 一方住民主導は、 色んなまちづくり提案がどんどんでていくように、 「自己組織化」「創発」が起こることを促していく事ではないかと思います。

 そのときの「計画思考のタイプ」について、 従来型では「直線的・構造的思考」と表現しました。 直線的というのはトップダウンもそうですし、 計画を遂行していくためのチャート的な発想です。

 一方住民主導では「水平的・垂直的思考」としました。 「水平的」というのは、 先程の「いえなみ基準」の作成過程のようにそれぞれ活動している組織を横に繋いでいくような編集の仕方がある、 つまり同時に色んな動きを水平的にまとめていく考え方が大事だということです。

 「垂直的思考」というのは、 「まちづくり提案」が行政に出されても、 それが実現不可能なものであると困ります。 多数の中で決めていくシステムでは、 総会で一旦決まったまちづくり提案をフィードバックするには、 また総会で変更を決めるという手続きが要ります。 ですから「構想レベル」であっても「実行可能性」を同時的に考えるという思考が必要です。 ただし、 実現までを長期に考えられていたり、 個人間の利害が少ない平常時のまちづくりでは、 必ずしもそうとは限らない場合もあるでしょうが。

 震災直後、 非常に無責任な話が色々と出ました。 例えば第三者の専門家やマスコミが「区画整理は良くない」と言ったとして、 それに代わる方法を提案しなければ、 混乱するだけでどうにもなりません。 言いぱなしの意見は、 戦略レベルと実行可能性の検討レベルを同時並行的に解決するという思考を欠いている意見だと思います。


おわりに

 住民主導のまちづくりは、 従来の計画手法とは異なるものでありながら、 全体のシステムが解明されていません。 まちづくりは、 多様であり、 混沌としていますが、 少しでも科学的な姿勢でモデル化し、 理解を助けるシステムを構築することが必要だと思います。

 ありがとうございました。

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