日本景色史・序
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2 景色として見る

 

 では「けしき」とはどういう意味だったのでしょうか。 小学館の『日本国語大辞典』によれば、 「風雲のけしきはなはだ悪し」(土佐日記、 935年)「空のけしきもうらうらと」(枕草子、 10世紀終わり)など、 ものの外面の様子と外見から受ける感じとされています。

 それから「院の御けしきのいといみじきなり」(源氏物語)など、 「外から観察することのできる心の内面の様子とかありさま」という意味でも使われるとされています。

 「もの」と人間の「心」の様子を表現する言葉として、 使われていたのです。

 ところでベルク氏が景色として見るということを言っています。 山があれば山の景色があるのではなく、 景色として山をみるから山の景色がある、 見方があるから景色があるということです。 たとえば西欧人が山を景色として見るようになったのは18世紀になってからだと言われています。

 対して、 日本人は文字が出てくるころには既に自然を景色として見ていました。 ですから忘れがちなのですが、 「景色として見るから景色がある」ということは重要です。 フィジカルデザインをする人達はものをデザインすれば景色になると思っていますが、 普通の人は景色としてみていない可能性があるのです。

 また景色は見方があって初めてうまれてくるのですから、 世界には、 地方によって、 あるいは時代によって様々な景色があると言えます。 そういう意味で、 日本にどんな景色があったのかを見てゆきたいと思います。

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