宗右衛門町 まちづくりのはじめにあたって
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イベントのあり方

 

楽しいイベントをしてみたい

横山

 少し話題を変えまして、 先ほど角野先生から、 楽しいことをとのお話しが出ましたが、 そのような意見についてどう思われるかを、 最近CDを出されたおかみさんの会の方に聞いてみたいと思います。

増谷

 おかみさんの会の例会はひと月に一回行なわれ、 私たちでできることは何かないかと話し合っています。 昨日今月の例会があり、 面白そうなことが沢山出ました。 新しい相合橋の完成に向けて、 相合橋ストーリーをやりましょうとか、 道頓堀のくいだおれ人形のように、 相合橋の昔の謂れ、 文楽からきているものを紐解いて、 「宗右衛門町にあれを見に行こう」というようなものをつくりたいと色々考えている最中です。

岡本

 商店会ができて以来、 毎年天神祭りの前の二日間で夏祭りをやっています。 相合橋をステージとして、 司会は落語協会の方にやってもらい、 厄除け餅つき大会、 ジャズや和太鼓の演奏などのイベントをやっています。 また1月10日の恵比寿祭りの時には、 宝恵駕篭行列をやっています。 昼の部と夜の部があり、 夜は宗右衛門町だけが続けてきました。 例年は十兆篭を出していましたが、 今年は少し形が変わり3台の台車で回るようになりました。

 少し部分的ではあるかもしれませんが、 このようなイベントにはかなり力を入れてやってきており、 地域の方々には宗右衛門町祭りを認識してもらえていると思います。 それを今度は別の形で広げていく良い方法があったら教えていただきたいと思います。


日常性のあるイベントが大切

長谷川

 ハードから宗右衛門町らしくしていこうということと、 イベントとして色々なことをやって宗右衛門町らしさや楽しさを演出していこうということは分かりますし、 この二つがうまく噛み合えば宗右衛門町らしさが取り戻せるのだろうと思います。

 しかし、 先ほどから話題に出ていますように、 ネックは風俗営業だと思います。 そのためには、 風俗店が居づらくなるような魅力的な通りをいかにつくっていくかというところから始めなければならないと思います。

 私も宗右衛門町に30年以上通っていますが、 5年くらい前までは、 新内流しのおじさんがいつも三味線をもって歩いていたのを覚えています。 しかし、 商売にならないためか、 他の場所に変わったためか分かりませんが、 ここ数年見かけなくなりました。 あれはひとつの宗右衛門町通りの安心できる風景だったと思います。

 水辺の遊歩道が昼間の顔として若者の空間になるのであれば、 宗右衛門町通りは夜のまちとして、 歴史的な風景をもった大人のまちにつくり変えていくべきだろうと思います。 そのためには、 私はカラー舗装はやめた方がいいと思います。 カラー舗装をしたところは大概どこも失敗しています。 むしろ宗右衛門町の歴史というものを重視して、 できるだけそれに近づけるようなものを事業としてやることが必要だと思います。

 そのひとつとして、 昔は岐阜提灯が吊ってあったということなので、 戎橋のたもとから堺筋までの宗右衛門町通りの両側に岐阜提灯を200個から300個吊ってみるのも良いと思います。 そして、 誰かがお尻に岐阜提灯を付けて新内流しのおじさんのような形で歩けば、 誰もが安心して歩け、 歴史の香りもして、 面白いのではないかと思います。

 ハード整備についても、 30年から40年間宗右衛門町を愛し続けている人のためにも、 風俗的ではない夜の大人の通りとして、 歴史的な歩道整備をする必要があると思います。 具体的には、 両サイドに50cmから1mくらいピンコロ石を並べてもらうと良いと思います。 そうすれば、 立て看板は倒れてしまうため立てられなくなり、 歩ける空間が生まれてくると思います。

 また、 湯豆腐の一休さんのように、 いくつかの店は、 歴史的な店構えを持っています。 あのようなものに協調していき、 共通の連続性を出していってもらいたいと思います。 そのうえで大阪市にも協力を請えば良いのではないでしょうか。

 盆と正月だけのイベント的なものは日常性がありませんから、 あまり効果がないと思います。 若い女性も安心して歩けるような、 歴史の香りがして、 雰囲気のある人や物が常に動いているという形での日常性のあるイベントが大事だと思います。


色町にふさわしい仕掛や雰囲気をつくりたい

江崎

 カラー舗装が頓挫したのは、 宗右衛門町の道幅が8mしかないことが大きな要因でした。 車を通行止めにできないので、 法律上4.5mを車道として確保する必要があります。 そうすると残りは3.5mで、 両サイドを歩道にすると片側が1.7m程度しかとれず、 立て看板を一個置くと、 カラー舗装する前よりも歩きにくくなってしまいます。 御堂筋西側の久左衛門町がすでにカラー舗装をしていますが、 「あれと同じような状況であればやらない方がましだ」というように急にトーンが下がり、 頓挫してしまいました。

 昔は道の両端が御影石の石畳であり、 昭和40年頃でも一部の店舗の前では石畳をそのまま残していました。 車を通しながらでも昔の色町にふさわしいような仕掛けや雰囲気をつくりだしていくためのヒントをいただけたような気がします。

 イベントをすること自体は、 商店会の連帯意識を高めるとか、 風俗店のスターの女の子にミスコンに出てもらって商店会との垣根を低くするといった効果はあると思います。 しかし、 お客さんにとっては日常性のあるイベントが大切というご意見も参考になりました。

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