熊野古道で探る歴史と向き合う街とは、癒しの風景とは
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世界遺産登録の実際

 

世界遺産のゾーン構成

 
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世界遺産のゾーン構成
 
 さきほども少し触れましたが、 ここで世界遺産のゾーン構成について説明しておきます。 まず本体とも言うべき保護されるべき遺産そのものは、 コア・ゾーンとして国レベルの保護策が取られます。 文化遺産は文化庁記念物課の担当で伝建地区等の担当の建造物課とは違います。 コアゾーンは国指定史跡、 場合によっては名勝指定でカバーされ、 建物としては重要文化財に指定されたものが含まれて居ます。

 そのコア・ゾーンを取り巻くバッファ・ゾーンを作れというのが世界遺産の特色です。 今回はほとんどが市町村条例での景観保存地区になっていますが、 時々、 国定公園や国立公園で保護策をとっている場合もあります。

 しかし、 本来の景観の広がりに比べて、 実際のバッファ・ゾーンはとても狭いんです。 道が通る山並みは多くが私有地ですから、 一方的にどんどん保存地区をかけるわけにはいかないという事情があります。 今回の世界遺産はコア・ゾーンとバッファ・ゾーンだけを守っていてもあまり意味がなく、 目に入る遠くの風景までも含めて残していけるかという課題を抱えています。

 今回は参詣するという歴史がテーマですから、 道そのものがコア・ゾーン(Core-Zone)として押さえられています。 しかし、 みんながきれいだと思う風景は、 周辺の森や街道町の風景、 パノラマによって支えられているんですね。 ですから、 バッファ・ゾーン(Buffer-Zone)が重要な役割を果たしているのも今回の大きな特色です。


カルチュラル・ランドスケープとは何か

 カルチュラル・ランドスケープ(文化的景観)という言葉は、 ランドスケープ系の研究をなさっている方にとっては珍しくもない言葉でしょうが、 ここでユネスコの世界遺産条約の中ではどう規定されているかを紹介します。

 文化遺産には「モニュメント(Monuments)」「建造物群(Groups of Buildings)」「場所(サイト、 Sites)」の三種類があり、 先ほど紹介した神社等は「モニュメント」になります。 今回はそうしたモニュメントと聖地、 古道という「場所」の組み合わせで構成された文化遺産ということになります。

     
     Sites
      works of man or the combined works of nature and of man and areas including archaeological sites
      ↓
      Cultural Landscape
    世界遺産条約履行のための作業指針
 
 上記の場所の定義のように、 「場所」の考え方の中にcombined works of nature and of manと「カルチュラル・ランドスケープ」に繋がる考えが含まれています。

 これも3つの分類があり、 芸術的なデザインが施されたもの、 有機的に出来上がってきた風景、 三つ目はいろんな文化的・宗教的な背景が入り混じって出来上がった風景です。 今回は3番目の宗教的な意味付けで作られている風景というものに該当します。

     
     Cultural Landscape
      (1)…the cleary defined landscape designed and created intentionally by man. This embraces garden and parkland landscapes constructed....
       人間により設計され創り出された公園や庭園などの景観
      (2)…the organiclly evolved landscape. This results from an ititial social,economic, adminstrative, and/or religious imperative and has developed its present form by association with and in response to itu natural environment...
       有機的に進化してきた景観
      (3)…the associative cultural landscape. The inclusion of such landscapes on the World Heritage lists is justifiable by virtue of the powerful religious, artistic or cultural associations ob the natural element rather than material culturl evidence...
       自然的要素が強い宗教的、 芸術的、 あるいは文化的な事象に関する景観
    世界遺産条約履行のための作業指針
 
 もし富士山も世界遺産として登録されることになれば、 おそらく「カルチュラル・ランドスケープ」に該当することになるのではないかと思います。 成層火山は世界に沢山あるから、 自然遺産としては説明が難しいかもしれません。 しかし、 富士山は、 日本人とその文化に多大な影響を与えてきた、 世界的にもたいへんに有名な、 つまり、 文化的な存在なんですね。 ですから「カルチュラル・ランドスケープ」がふさわしいのではないかと思います。

 あと、 今回の推薦書で書かれた「価値」を紹介しますと、 「自然崇拝に根ざした神道と仏教の融合」等の説明となります。 この評価が認められて登録されたということになります。 一番大きなテーマは、 自然崇拝・神道・仏教が混ざりあっている日本独特の宗教観や歴史が山や川、 建物、 道等のの風景として構成されている点が独特で大事なことだというもので、 この主張が認められたということです。

     
     際立った普遍的な価値とオーセンティシティ(真実性)
    (2)日本古来の自然崇拝に根ざした神道と中国大陸や朝鮮半島から伝来した仏教の融合による独特の所産であり、 東アジアにおける宗教文化の交流と発展の結果
    (3)宗教文化に関連して今は失われた伝統と、 現在においてもなお継承されている伝統との複合のあり方を示す希有な例
    (4)仏教建築と神社建築は木造宗教建築の代表例である
    (6)地域とそこにおいて継続的に行われている宗教儀礼や祝祭などは、 信仰の山の文化的景観を構成する有形・無形の諸要素として優秀かつ多様であり、 日本を含む東アジア地域における同種資産の中でも顕著な価値を有する
    ((1),(5)は省略。 今回該当なし。 )
 

世界遺産に含まれるエリア、 含まれないエリア

 ユネスコによる世界遺産登録は、 分かりやすく言ってしまうと「お墨付き」です。 ユネスコ自体が保護策やゾーン指定を行うわけではなく、 高い価値の文化遺産が国内法で十分保護されていることを認めたということなんです。

 ですから基本は国の史跡指定であり、 市町村条例によるバッファ・ゾーンの保護になり、 保護策としてはそう珍しいものではありません。 しかし、 制度は万能ではありませんし、 いつの間にか景観が変わって遺産の価値を落としたらユネスコのお墨付きを外される可能性はあります。

 ですから、 特にバッファ・ゾーンを維持する努力や工夫を地元の市町村がしていかねばならないし、 それについての議論や工夫はむしろこれからといったところです。

 また、 参詣道全てが世界遺産に含まれなかったことについてもいろいろ議論があります。 所々切れていても古道全体が比較的良く残っているところは、 今回コア・ゾーンとし、 回りをバッファ・ゾーンで包むという扱いをしました。

 しかし、 古道が長距離にわたって国道に吸収されたり、 一部だけ孤立して残っていたり道の起点と終点が判然としにくい例は、 今回入れられなかったんです。 もちろん地元の方々は大いに残念がっておられます。

 私は今そうした地域のまちづくりへのアドバイスとして「別に道は実際にはつながっているんだし、 絶対に国の制度でやる必要もないんだし、 道を地域で再生していけばいいじゃないですか」と言って回っているところです。

 とは言え、 世界遺産に含まれなかったということは「地域としては見劣りがする」と言われたようで、 ショックなことかもしれません。 その辺は元気を出していただかねばと思っているところです。


「文化的景観」というカテゴリーについて

 文化的景観というカテゴリーは、 そもそも景観生態学から来た考え方です。 ランドスケープには自然景観(天然の自然)・近自然景観(少しだけ人の手が入ったもので、 天然の自然に戻りやすい)・文化的景観という考え方があり、 文化的景観とは天然の自然と人が作り出した景色がバランス良く保たれていることだと、 説明しています。

 ユネスコが定義している文化的景観は先ほど述べたように3種類あり、 今回は3番目の「自然的要素が強い宗教的、 芸術的、 或は文化的な事象に関連する景観」に該当することになりました。

 私がそれを地元の人に説明したときは、 「地域それぞれに存在する一見普通の川や河川敷、 田んぼ、 森等生活環境があり、 その中に結界や聖地に関連する意味を示すものが読み取られて位置づけられる。 そういう部分が宗教的な意味合いの強い文化的景観という呼ばれ方をする。 それを分かった上で生活環境の部分をこそ大事に残していかなければならないんですよ」という言い方をしました。 「つまり今までどおり、 田んぼや森、 川、 町並みをどう管理していくかにかかっているんです」と強調しています。

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