明日香に限らないとは思うのですが、農業が衰退し、あるいは森の維持管理が出来なくなって、今はボランティアや好きな人達が農地景観の維持に頑張っているという話はよく聞きます。
先ほどの明日香村の4つの景観タイプのうちの「奥里型」のようなところでもそうで、明日香ならあるいは、ああいった村も生き残れるかもしれませんが、食糧危機でも来ない限り、日本の農村全体の保全は難しいように思います。
そうだとすると、ランドスケープ、植物の専門家から見て、いわゆる「自然に戻ってきれいになる」という方向はあり得ないのでしょうか。
宮前:
放っておいてもきれいというのはあり得ないですね。主観の問題だと言われればそれまでですが、先ほどご紹介した中にあった耕作放棄地でもそうですが、放っておいたら葛が茂って枯れ、草が生えてきて、遠目には自然できれいと思われるかもしれません。
たしかに農地が放棄されて500年も経てば森になるかもしれませんが、では誰が500年間我慢をするのか、という事なのです。
住民が良ければいいのではないかという考え方もありますが、一方でこれはいわば国民の資産である景観だと言っても良いわけです。
CVMという評価法がありますが、模擬的に明日香村の景観を評価したところ、一人あたり850円払っても良いという結果になりました。ですから、明日香村は国民が等しく守りたいと思って、そこにある程度資金が投入されているのです。
また、先ほど難波さんがブータンの話をされましたけれども、ブータンは法律で農地が守られているのでしょうか?日本の場合は都市であれ農村であれ放っておいては守れないわけですから、それをどうやって守るのか、誰が守りたいのか。そういった主体に関わる問題なのではないかと思います。
高齢化して土地を守れない方々がどんどん放棄していっているということでしょうか。
もちろん部分的には棚田オーナーなどの試みがなされているわけですが、それは地域内の数限られた場所での事でしょうか。やはり出来るところと出来ないところがあるのでしょうか。
宮前:
こういう活動はやはり集落単位の動きです。何とかしなきゃいけないという芽が出てきています。ただ、自分達だけではとても無理だとおっしゃいます。というのは、人がいないとか力が無いというよりも、やはり意欲がわかないというのです。
ある棚田オーナー制度を採用している集落ではオーナーが自分で田植えしますが、その後の維持管理は農家の人達がやっているのです。
先ほどご紹介した花園づくりも、買入れ地の管理費で花園づくりをやっているわけですが、実際に花園づくりをしているのは農家の方々です。
ある意味、元気のある方々のいらっしゃる集落はそういった田植えでも何でもやっていけますが、そういった活動がまったく出来ない所で、果たしてどうしていけばいいのかというのが大きな課題であるわけです。
誰が維持管理を担うのか
維持管理をしないで良い方法は
前田:
棚田保全の見とおしは
会場より:
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