ニュータウンの持続可能なマネジメントの展望
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大阪府千里センターが住環境マネジメントに果たした役割

 

大阪府千里センターとは

 あとは財団法人大阪府千里センターの問題が残っています。

 大阪府千里センターは、千里ニュータウンの開発当初から設置された組織で、当初は「大阪府千里開発センター」と呼ばれていました。開発に関わるいろいろな事業を十数年に渡って行い、その後は主に商業・業務施設地区の管理に関する事業をやってきましたが、調査するとまちづくりに関わる様々な事業を展開していたことが分かりました。

 その大阪府千里センターが、昨年の10月に解散されました。自らの意思で解散したのではなく、経営的にも良好な組織でしたが、大阪府には企業局によるりんくうタウンの開発等による財政赤字を解消しなければならないという問題があり、これらの問題を解決するために大阪府が作成した「行財政改革計画」の中で位置づけられて解散されたわけです。

 この大阪府千里センターが40数年間何をしてきたのかを調べ、大阪府千里センターの解散後のまちづくりの課題を明らかにしたいと思って取り組みました。


他のニュータウンの管理組織の比較

 大阪府千里センターは財団法人という形の大阪府の外郭団体です。他のニュータウンでは、第三セクター方式の株式会社がほとんどですから、ここからも大阪府に密着した公益的な法人であることが明らかです。

 先ほど言いましたように、他のニュータウンのこのような組織では、商業・業務施設や駐車場の管理などが主な事業ですが、大阪府千里センターではその他にも文化的な事業やまちづくりに関係した事業を「サービス事業」という形で実施してきました。

 大阪府千里センターの寄付行為(定款)を調べますと、文化事業やまちづくり事業は寄付行為の中には見あたりません。あえて近い内容を見つけ出そうとすると、「生活改善のための指導」や「その他の事業」があるだけです。大阪府千里センターは、本来の業務以外に、寄付行為に明確に位置づけられていない様々な文化事業やまちづくり事業を実施してきたのです。


大阪府千里センターの事業の推移

 大阪府千里センターがやってきた事業を年代別に整理しました。

 千里ニュータウンには南・北・中央の3つの地区センターがあります。北千里の地区センターが再開発を契機に一番早く民営化されました。その後千里中央が再開発され、近年南千里の地区センターが再開発され、南千里もほぼ民間に運営を委ねる形になりました。また千里中央地区センターは、昨年、千里センターが所有していた土地のほとんどを売却して民営化され、今後5年間に50階建てマンションを含む大規模な再開発が行われようとしています。

 近隣・地区センター等で働く若年勤労者等のために「要員住宅」という賃貸住宅も建てて経営しました。千里ニュータウン居住者のために開発した「北摂霊園」は現在も管理・運営しています。戸建住宅等の建築確認申請に先立つ協議も当初は行なっていました。それから大阪府が持っていた保有地の維持管理、あるいは近隣センターの集会所やオープンスペースの管理も行っていました。また、展望台やプール、貸しボート、野球場、庭球場などのレクリエーション施設の運営も行っていましたが、これらは現在は市に移管されています。

 それから文化・まちづくり事業では、新聞「千里」を月に1回、42,000部を43年間発行してきました。まちづくりに関する調査研究を継続的に行い、まちびらき20周年を記念して設置された「記念室」や「資料室」、「ギャラリー」を地域に開放し、まちびらき20年、25年、30年、40年の節目には、まちづくりに関する「国際会議」を開催しました。また、千里ニュータウンの住民による地域活動やまちづくり活動、祭りなどに助成してきました。日本の大規模ニュータウン開発者・管理者相互の情報交流を目的に、千里センターが中心になって「大規模ニュータウン連絡会議」も設置しました。


大阪府千里センター解散後の問題と課題

 この研究で明らかになったことは、大阪府千里センターは、明確な政策あるいは予算的な位置づけがないにもかかわらず、まちづくりや街のマネジメントに関する様々な事業を実施してきたことです。

 組織の解散が議論され始めた頃、職員参加のワークショップの中で、「これから本格化する千里ニュータウンの再生事業のイニシアティブをとっていこう」との経営方針が合意され、打ち出されましたが、最後は大阪府の政策判断によって解散されました。

 最後に大阪府千里センターが何をやってきたのかをまとめますと、まず、そこに行けばいろいろな事がわかるという「まちづくりの情報センター」としての役割を果たしたと思います。それから、ある意味では「まちづくりのコーディネーター」というか、千里ニュータウンにはこういう課題がありますよ、こっちの方向に向かうべきですよという事を常に考え、発信する所だったと思います。つまり「千里ニュータウンのマネジメントセンター」のような役割を果たしていたのだけれども、解散によってそれらの機能が失われると懸念されます。

 さて大阪府千里センターはなくなり、今は「大阪府タウン管理財団千里事業本部」という組織になりました。千里中央から北千里に移転して、近隣センターや地区センターの管理運営などを行っています。

 これからは、40年経ってやっと積極的になってきた地元市の豊中市・吹田市、また最近動きが活発になってきている市民やNPOなどが中心となって、大阪府千里センターが果たしてきた情報センターやコーディネーターとしての役割を担い、これに「大阪府タウン管理財団千里事業本部」も参加しながら、緩やかなネットワークによって協働していくべきではないかと考えます。

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