路地からのまちづくり
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空堀の路地から

DAN計画研究所 柴田容子

 

 今日は空堀の路地まちづくりの最新事情を報告したいと思います。空堀は祇園南や神楽坂などに比べると、まだまだまちづくりの初動期です。現在、まちづくり構想をつくっていますが、その苦労や工夫を地域の目線からお伝えできればと思います。


空堀の街並み

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空堀の町並み
 
 空堀は、石畳の路地があって長屋が建ち並んでいる、昔ながらの街並みです。道路幅員は約2.5〜2.7m。祇園や神楽坂はお茶屋や料亭が並ぶまちですが、空堀は人々が暮らす長屋が並ぶまちです。特徴的なのは、道ばたに祠やお地蔵さんが多くあることで、これが街並みのアクセントになっています。

 大阪は平坦なまちですが、唯一上町台地が横たわっています。空堀は、その上町台地の端に位置します。だから、大阪市内では珍しくアップダウンがあるまちです。石畳の階段や坂も空堀の特徴です。

 空堀地区の真ん中に空堀商店街が東西に通っており、その両側に路地の街並みが広がっています。


空堀地区HOPEゾーン事業

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空堀地区HOPEゾーン事業
 
 空堀は大阪市の中心部にあります。大阪環状線の内側がほとんど戦災で焼失した中、大坂城から空堀にかけてのエリアだけが焼失を免れ、昔ながらの街なみが残りました。面積は約36ha、人口は約7千人、約3千世帯が住んでいるまちです。

 ここで今行われているのが、空堀地区HOPEゾーン事業です。

 平成16年度、空堀地区HOPEゾーン協議会(通称:空堀まちなみ井戸端会)が発足し、大阪市と協力してまちなみ修景事業を行うことになりました。どういったまちなみを作るかについて、地元でワークショップ等を重ねて協議し、平成17年度に「まちなみガイドライン」を策定しました。

 まちなみづくりのテーマは「お地蔵さんが見守るつながりを生かすまちなみ〜「時代」と「世代」そして「心」のつながり」です。今はそれに基づいて、いろいろな修景事業が進んでいるところです。

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修景物件(建物)
 
 平成17、18年と合わせて5件の修景物件が完成しました。そのうちの3件がお店でした。地区全体の建物は住居の方が多いのですが、修景整備はお店が先行して進んでいる状況です。

 写真の事例は住居の修景物件です。これまでの修景物件は、商店街や通りに面している所にあり、「路地のまちづくり」と言いながら路地奧の家まではまだ手が届いていません。協議会の中では、空堀のまちは路地がキーポイントなんだから、もっと路地に焦点を当てていくことが必要なんじゃないかとの議論が出ています。

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空堀地区の路地ネットワーク
 
 街区の中の細い道が路地と言われる所です。建築基準法上で道路とは認められていない通路や、2項道路と呼ばれる道のことです。

 地区の道路・通路を合わせた総延長のうち、約4割が通路、2割が2項道路ですので、あわせて約6割が路地ということになります。空堀地区が路地のまちと言われるのがよくお分かりいただける数字だと思います。

 また、この地図を見るとお分かりのように、路地を含めて道がかなり複雑にネットワークしています。聞いた話では、昔は路地奧で賭博をやっていて警察が踏み込んできたら、地元民しか知らない路地ルートを抜けて逃げたそうです。もちろん、そういうまちですから、密集市街地と呼ばれる防災上の問題も抱えています。

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HOPEゾーン協議会・路地部会での検討(平成17.12〜)
 
 そこで、路地は魅力的だけれど同時に多くの問題を含んでいることに焦点を絞り、HOPEゾーン協議会では「路地部会」を作って検討することにしました(平成17年12月より)。“2項道路”とかいろいろ専門用語が出てくる話ですので、そうした知識のあるメンバーを中心に、4〜5名に集まってもらいました。

 まずは、若い人に定着してもらうためにも、路地内の老朽化した建物の建て替えができるかどうか検討しようということになり、個別の建て替え手法の可能性について検討しました。

 例えば、路地の幅員が狭いままでも建て替えができる手法として、3項道路指定や法善寺横丁再建のように連担設計制度を使う手法、東京月島の事例のような町並み誘導型地区計画など、空堀の事例に当ててシュミレーションしてみました。でも、ほとんどの敷地が50m2未満、後ろがどん詰まりで敷地の奥行きがないということで、容積率と斜線制限に引っかかってしまいます。法律どおりにやると今でさえ小さい家がさらに小さくなってしまうことが分かりました。この現状だと誰も建て替えなんてしないだろう、現実に合ってない制度だね、という話になり、こうしてまとめたのが、以下の「路地まちづくりの方針」です。


路地まちづくりの方針

 路地のたたずまいを受け継ぎながら住環境の向上が実現するような、空堀らしい、新しい建替え更新の制度づくりを目指し、地域と行政が連携して取り組んでいきます。また、地域の知恵を集めて、防災まちづくりに取り組み、安心して暮らせる路地づくりを目指します。

 このように、平成18年5月には一定の方向性を出しましたが、検討を進めるにつれ、路地内の建て替え更新をしていくということは、とても難しい問題を抱えていることが地元の人々にも分かってきました。そこで、路地部会の数人で話し合っていても埒がアカン、もっと地域全体で問題を共有して議論していこうという話になってきました。


路地周辺の街並みの変化

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路地周辺の街並みの変化
 
 冒頭に司会の吉野さんが「路地の所有の有無が変化につながる」と言っていましたが、右の写真はその例とも言えるべき事例です。

 空堀商店街の近くに10階建てのワンルームマンションが建つことになりました。路地全体を所有していた地主さんが売ってしまうと、長屋が丸ごとマンションに建て替わる、そんな事例が空堀でも目立つようになりました。

 空堀の長屋は間口が狭くて奥に細長い敷地が多いですから、建てられるマンションもファミリー向けの広い間取りではなく、ワンルームマンションばかりになっています。そうすると、住む人も入れ替わりが激しい単身者ばかりで、地域に根付く人がなかなか入らないのです。

 左は、住む人自身による建て替えです。床面積を多く取るために3階建てとしていますが、回りとの関係が切れて、街並みがバラバラな感じになっています。


空堀路地まちづくり会議

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空堀路地まちづくり会議の発足(平成18.10〜)
 
 このような変化が、路地部会でと話し合っている間に、まちなかではどんどん起きてしまっているんです。このままでは大変だということで、平成18年10月に「空堀路地まちづくり会議」を発足することになりました。

 会議では、まちづくり構想を地域で作ることを目標に議論を重ねていこうということになりました。メンバーは既存協議会のメンバーだけでなく、関心を持って取り組んでくれる地域住民、ショップのオーナーさんなど50人ほどです。

 実はいまでこそ50人ほどですが、最初は「まちづくりワークショップに参加しませんか」と誘いに行っても「まちづくり構想を作って何の得になるのか!?」「路地がそんなに大事なら大阪市が買い取ったらどうか!?」と即物的な反応で、とても「まちづくり構想」までたどり着けそうに思えませんでした。とにかく、一人一人時間を掛けて説明し、草の根運動的にやっていきながら、会議発足までこぎつけました。

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路地での防災ワークショップの実施(平成18.10)
 
 空堀路地まちづくり会議でまず取り組んだのが、防災ワークショップです。

 路地にお住まいの方は、高齢で単身の方が多いです。会議室で話し合いをしようといっても、なかなか外へ出たがらない。じゃあ、こちらから出かけようと、出張ワークショップのような形で始めたわけです。

 写真のように、家の前まで出てきてもらって防災についてのご意見をうかがいました。これをやって大きな成果だったと思えるのが、今まで「路地のまちづくりなんて私たちの生活に関係ない」という態度だったまちの人々から「こんなふうに意見を言える機会があってとても良かった」と言ってもらえたことです。「HOPEゾーン事業のこともよく分かった」という声も多数あり、大きな成果になったと思います。

 ところで、密集市街地は火事の危険性があるとよく言われますが、空堀では何十年も大火がありません。実際お住まいのみなさんに話を聞いてみると、火を出さないように細心の注意を払いながら生活されていることがよく分かりました。バケツに水を張って玄関先に置いておくとか、お風呂にため水をする、天ぷらを揚げるときは濡らしタオルを用意するなど、いろんな工夫をうかがいました。建物や街の防災性を上げていくのはもちろん大事なことですが、こういう地域の作法や工夫の積み重ねで防災を担保していくやり方もあるのではないでしょうか。そんな方向性も見えたワークショップでした。

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路地まちづくりワークショップの実施(平成18.12)
 
 その年の12月にはもうひとつ、50人のメンバーでワークショップを行いました。路地の井戸端会議では議論が広がらないので、地域全体にお声がけをしてのワークショップです。この時も人集めには苦労したのですが、新聞の折り込みチラシを3千軒に配ってみるなど工夫ました。それを見て来られた方もいらっしゃいました。

 このワークショップでは、祇園南地区でまちづくり活動を支援していた元京都市職員の吉田先生に「防災まちづくり、まちなみづくり」でお話いただき、その後、空堀のまちをどうしていこうかとディスカッションしました。


路地をとりまく住民の想い

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路地をとりまく住民の想い
 
 このような地道な活動をひとつひとつ積み重ねていくことで、段々と見えてくるものがありました。

 ひとつは住民のまちに対する意識なのですが、一言で言うと「総論賛成、各論反対」です。「路地は残したい、マンションが建つのはイヤだ、防災面も不安だから対策が必要だと思う」がアンケート調査の結果の大半なんですが、いざ個別の例を話し合うと様々な事情で「あ、そんなん無理やわ」となってしまうのが現状です。

 ふたつ目は、住民感の意識の差です。大家か店子かで、町に対する意識に違いがありますし、路地に面してない空堀商店街の人たちは路地に対する熱意はあまりありません。また、路地に魅力を感じて移り住む人も増えているのですが、その人たちと元から住んでいる人との意識の差も大きいです。

 今はこうした様々な意識の差を埋めていく必要がある段階です。

 三つ目は、地主が地区からいなくなって、跡地が売られてしまうという問題です。地区内に住んでいた地主さんが芦屋や帝塚山に引っ越してしまうと、その2代目さんはもう空堀には何の思い入れもない。地主さんが地区内に住んでいたら、土地を売るときも一言店子さんに相談ぐらいしたものですが、今は何の相談もなくある日突然売られてしまうのです。ですから、地主さんの意識も地域とつないでいく必要があると考えています。

 幸い、最初は「何のことだか」という顔で集まってきたまちづくり会議のメンバーも、今では「自分たちがやらねば何も動かない」という意識になってきつつあります。これは大きな動きへの第一歩だと思います。

 今は空堀路地まちづくり会議50人のネットワークができ、アンケートもその方々を通じるとスムーズに返答があることも分かりました。最初に比べたら、素晴らしい進歩です。こうしたネットワーク作りからプレーヤーも育ってくるだろうと期待しています。

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