3. 論点2 都心地区の将来像
職住共存の心と景観
ランドデザイン 中村伸之
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例えばこれは旧・明倫幼稚園です。なかなか古くてレトロで心が和む建築ですが、別に一流の建築というわけではありません。ちょっと懐かしいなという感じがする程度ですが、ただそれによって空が抜けて見え、街の中でほっとする空間ではあります。 そしてその後ろにある建物が、つい最近建ちあがったJR系のホテルです。これは3年前の「新しい建築のルール」にのっとって(4階以上セットバック、庇をつける)つくられています。安っぽい建物ですが幼稚園を邪魔していないと思われます。
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あるいはその幼稚園の向かいには立派な小学校がありまして、その小学校跡地が今、京都芸術センターになっています。こういう通りに対して直角に奥に向かっていく風景も、緑の多さとあいまって、心休まる空間です。こういった路地のような空間が、京都のまちなかにはたくさんあります。
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これは姉小路室町の辺りです。二つ目の建物(ファサードが少し暗いですが)は、「新しい建築のルール」にのっとってつくられた建物です。4階以上セットバック、1階と3階に庇をつけていて、とりたてて和風ということではありませんが、邪魔にならない建築です。 近所の人も建ったことに気がつかないくらいすんなりとたちあがりました。もう一つの特徴として、セットバックせずに眼一杯道路際に建っているため、でこぼこした感じがなく、あまり違和感がありません。正面の色が黒っぽいのは奥の建物に合っているし、4階がベージュっぽいのは、手前の建物に合わせていて、周囲から色を決めたようです。
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その足元を拡大するとこんな感じになっています。お店はいろんな小物を並べて、賑やかな楽しい感じをつくっています。また、隣との軒が揃っています。狭い通りですから普段歩いていると、ほとんどこの部分しか眼に入りません。この部分で私たちは町並みを見ているわけですし、評価しているわけです。
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これは「くろちく」さんです。手前が飲食店。奥は和装雑貨店で、去年オープンしました。3,4階は「新しい建築のルール」以上にセットバックしていますし、瓦屋根なども基準以上につけています。これもある人に言わせればテーマパークのようでいやらしいというのですが、文楽の人形(正面の低層部)と黒子(背後の中層部)がいるようなものと考えれば良いと思います。黒子を余り気にせずに、人形だけ見ておけばいいのではないでしょうか。地元企業の意地で、力を込めてお金のかかった建物を建てているということだと思います。
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「くろちく」さんの建物には、こういう路地があります。奥行きがあって、まちに変化や楽しさを与えてくれます。
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同じく新町通の吉田邸と松坂屋さんで、両方とも立派な町家で非常に重厚感があります。これが連続していたのが昔の町並みかなということを彷彿とさせる建物です。奥のほうにそうではない建物がありますが…。
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ここには、祇園祭の北観音山がたちます。「ハレ」の風景です。両側に町家があって、山があるということで、サマになっている風景です。
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これは別の場所ですが、「新しい建築のルール」によってつくられた和風のファサードです。
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建物のデザイン的な評価はともかく、横から見ると、こんな感じになるので、あまり眼に優しくない感じがします。なんとなく眼がチカチカすると言いますか。それはファサードがセットバックしすぎて揃っていないのと、白い壁面が周りから浮いているためではないかと思います。
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あるいは色が合っていない、金属など素材感が合っていないとなると、やはり木質の景観に対して眼が痛いということになるのではないかと思います。それからスカイラインが突出するのも眼が痛い。
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左手奥に見えるのは本能館という地域のコミュニティ施設ですけれども、眼になじむスケール感です。
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しかも通り抜けがあり、奥行き感もあります。
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ただちょっと格子が眼に痛いという感じがします。南から見ますと南の光を反射しますので、硬質な感じに見え、つや消しくらいではこの感じはぬぐえません。手前に桜がありますので、この桜の花が咲き、葉が出れば、もう少し柔らかい感じになるのでしょうが、やはり町家の持っている木質の質感には、ちょっときついなという素材です。
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このように地域によって、通りによって、かなり特色が違います。それに合った、そこから出発するような連鎖的なデザインが望ましいと思います。歴史・伝統というと、理念的な意味の世界になってしまいますが、それよりも柔らかいとか潤いがあるといったプリミティブな感覚を重視したほうがよいのではないかと思います。また、オモテ・ウラ・オクという空間の組み合わせが面白いと、今のまちを見て思います。
そのような資本がない人も、自分の土地を守るために、銀行からお金を借りて、学生マンションを建てたりします。守るとか受け継ぐという使命・宿命が、京都のまちなかの人にとっては大事な価値基準になっているように思われます。それと景観を絡めて語れるような哲学がないと、気合いの入った建物は生まれないのではないかと思います。
親から譲り受けた土地をなんとか守ろう、親や師匠から受け継いだ技術や生業を守ろう、地域の祭事やしきたりを守ろう。それらを守り継承するためには現代的な革新が必要になります。現代性を取り入れた伝統が生き残ります。
景観まちづくりにおいても、土地や地場産業や地域文化との結びつきの中で気合いや気遣いが生まれてきます。
既存不適格と言われながらも、今のマンションは数十年間建ち続けるわけで、これがネックとなって住民同士の交流が停滞する危惧があります。マンションの(建て替えではなく)大規模改修などの際のリデザインで、(住民にできる範囲で)地域共生型の空間を生み出していけるという希望を示すべきでしょう。
セットバックしたマンションでは(駐車場を減らして)前庭をつくるのもいいでしょう。足元(地べた)の小さな景観に意外な楽しさがあり、近所づきあいの可能性もあります。(2005年度第5回セミナー記録「歩いて楽しむ京都まちなか」の「歩く視線の面白さ」など参照。http://www.gakugei-pub.jp/judi/semina/s0505/index.htm)
そのような可能性のある景観を、職住共存地区でいくつか見つけましたのでご紹介します。
個々の建物の気合や気遣い
まち全体を概観するような視点を申し上げたのですが、やはり一つひとつの建物にも気合が入ったもの、住み手が自分からつくった気合が感じられるものがあります。特に地元の企業が自分たちが使う建物としてつくったものには、やはり気合が入っています。
コミュニティと景観の再生
この十数年間に職住共存地区の人口は大きく入れ替わり、50%以上はマンション住民です。景観を支えるコミュニティ文化をいかに育てるかが、今後の課題ですが、コミュニティの再生と景観の再生はパラレルに進行するのではないかと考えています。
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クスノキの大木を植えて、上手く管理しているマンションです。
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1階の店舗が坪庭のように繊細な緑地を提供しています。白い花の咲く樹でまとめています。
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正面に見えるクスノキは、和装問屋さんがビルに建替える前にあった庭木を残したものです。左側に花屋さん、右側に飲食店の植栽があり、三方が緑に囲まれた街角になっています。
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軒下に注連縄が張られていますが、このマンションの1階が祇園祭の会所と蔵になっているからです。伝統と現代の共生の形であります。
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かつての京都のお町内は、通りを木戸門で閉ざし共有の場とした濃密な空間でありました。今は通りが車に占拠され「共有」からはほど遠い状態ですが、地蔵盆などで通行止めをする時に、濃密なお町内の雰囲気がよみがえります。
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共有できる原風景、みんなの記憶に残る景観はコミュニティの求心力でありましたが、今後は新たな形でよみがえって、人口増加が著しい職住共存コミュニティの核になることでしょう。
それは、歴史的な意匠による景観づくりでもあるでしょうし、水と緑の五感に感じる魅力のある場づくりでもあるでしょう。通りを生活の場として取り戻すことでもあり、地蔵盆を楽しんだ子ども時代の風景でもあるでしょう。
地域住民が自らの手でできる景観まちづくりにも、多くの可能性があると思います。