右の図の地図で緑色に塗っているのがバーモント州です。バーリントンの西側にはアディロンダック山がそびえ、山を望むシャンプレイン湖に面した風光明媚な都市です。また、バーモント州最大の都市です。といっても人口がわずか3万9千人ぐらいの町ですから、日本的な感覚でいうと小さな町です。バーリントン周辺のチッテンデン郡全体でも15万人です。バーモント自体が人口は少ない州です。
バーモントと言うと、日本人はバーモントカレーを連想してしまいますが、もちろんカレーとは全然関係がありません。よく知られているサウンド・オブ・ミュージックのモデルとなったトラップ一家がアルプスを越えた後にたどり着いたのが、このバーモント州でした。そういうことで知られている州です。 事例2:バーリントン
位置およびプロフィール
位置およびプロフィール
続いてお話しするのはバーリントンという都市です。チャールストンはアメリカ南部に位置する町ですが、バーリントンはかなり北の方の町で、カナダとの国境近くにある都市です。
|
上の写真がシャンプレイン湖で、バーリントンのウォーターフロントからアディロンダック山を見たところです。見てのとおり、とても風光明媚な所だということがお分かりいただけると思います。ちょっと分かりにくいのですが、下の写真もシャンプレイン湖を市街から見た様子です。 バーリントン市は1763年に市として設立されて、19世紀にはシャンプレイン湖を使った交易の拠点として発展しました。現在の主要産業は製造業です。特にIBMの工場があることが大きいです。その他は、ダウンタウンを中心とした商業、サービス業、小売業などで9000人ぐらいの雇用を創出しています。近年は観光業とコンベンションが重要な位置づけを占めるようになって、製造業に次ぐ重要な産業として成長しています。
|
1988年全米市長会議で「人口10万人以下のもっとも活力のある都市」で1位(1997年にはベスト25になってちょっと順位を後退させています)。企業系の雑誌Inc Magazineの1991年6月号では「成功するビジネスをするための北東地域でベストな都市」として評価されています。Outside Magazineの1995年6月号では「ドリームタウン(夢の町)」のリストでトップを飾っています。この雑誌はアウトドア系の雑誌ですので、山や湖に囲まれたバーリントンは、まさにうってつけなのかなと思います。
またNewyork Times 1995年9月号では「引退生活を送るベスト5の都市」として紹介されています。子育て雑誌のParenting Magazineでは「子供を育てるのに最適な都市ベスト10」のひとつとして紹介しています(1997年)。
これ以外にも、1997年に全米歴史保全トラストから「偉大なるアメリカのメイン・ストリート賞」を受けています。1998年にはWalking Magazineから「全米の歩きやすい都市ベスト15」のひとつとして紹介されました。
これらは、今から紹介するチャーチストリート・マーケットプレイスの成功によるものです。このチャーチストリート・マーケットプレイスで行ったジャズフェスティバルは、1998年のUS Newsで「全米でベスト10のフェスティバル」のひとつとして紹介されました。1999年11月にはテレビ番組「Art & Entertainment」で「全米のもっとも充実した都市ベスト10」の1位として紹介されました。
2000年に入ると引退者向けの雑誌Maturity Magazineで「生活するのによい都市ベスト50」のひとつに選ばれています。2003年6月には自転車雑誌のBike Magazineで「自転車に乗る生活ができる都市ベスト5」のひとつとして紹介しています。2004年5月にはMens Journalで「全米の小都市ベスト10」のひとつとして紹介されています。
以上のように、バーリントンは全米から高く評価されている都市なんです。
ドリームタウン、住みたい都市としてのバーリントン
バーリントンは、アメリカで「住んでみたい都市」として各種メディアや会議でよくナンバーワンに選ばれている街です。いわば憧れの都市と言っていいと思います。その割には人口4万弱であまり増えていないのが不思議ですが、本当によく上位にあげられます。
|
南北に延びるバーリントンの中心道路であるチャーチストリートを歩行者専用道路として整備したものが、チャーチストリート・マーケットプレイスです。20年前までは自動車が走っている普通の道路でした。そこを歩行者専用道路として整備したわけです。ただ歩行者専用道路となっていますが、朝の10時までは沿道の店舗に配送するトラックなどの自動車は入れるようになっています。 長さは500メートル。四つのブロックから構成されています。チャーチストリート・マーケットプレイスの北端には写真上にあるようにユニタリアン教会がそびえています。南端は市役所です。 沿道はだいたい3階から4階の建物でファサードが形作られています。その1階はオフィスになっている所もありますが、大半がレストランか小売業で使われています。
|
|
左図がチャーチストリート・マーケットプレイスの位置図で、パールストリートからメインストリートの間の四つのブロックです。現在ここで104の店舗が営業しています。空き店舗が出てもすぐ埋まってしまうので、空き店舗はほとんど見られません。 ナショナルチェーンの店舗もありますが、地元の店舗も多数混在しているので、ここ独自の雰囲気がある空間になっています。店舗が都市に与えるポジティブな効果が顕在化しているところなんです。
|
歩行者専用道路以前のチャーチストリート・マーケットプレイス |
この事業は2人の都市計画家と建築家のペアによって提言され、歩行者天国の実験を行ったことから始まりました。なぜ歩行者天国の実験を行ったかと言うと、実に個人的なきっかけなのですが、建築家のビル・トルーエックス氏が1965年に新婚旅行でコペンハーゲンに行って、そこのストロイエという歩行者専用空間を体験していたく感動し、地元のバーリントンでも実現したいと思ったんだそうです。コペンハーゲンは人口60万人の大都市で、そこの試みを人口4万弱のバーリントンで考えてしまったわけです。市の都市計画委員会会長だったトルーエックスさんは、どうしても自分の町にストロイエが欲しかったんです。この個人の思いが事業が実現した一番の要因だと思いますが、トルーエックスさんは早速、市街地開発協会の会長であるパトリック・ロビンス氏にストロイエがいかに素晴らしいかを話し、バーリントンでも実現できるよう働きかけていったんです。
最初は実験的に土日のイベントの時に歩行者天国を始めて、それからストロイエ的なことがいかに素晴らしいかを折に触れ周辺の人や委員会で推奨して回るんです。そんなことを繰り返しているうちに、バーリントンに変革をもたらすある出来事が起きました。
それは、1976年後半にバーリントンの中心市街地から10kmほど離れたウィリストンの町にショッピング・モールの計画が発表されたことです。郊外にショッピング・モールが開発されると、それまでの中心市街地の商業空間が壊滅するということは、もうその時点でアメリカ人にも知られていました。だから、バーリントンの人びともこれは大変だと危機感を募らせました。
写真で見るとあんまり商店街には見えませんが、当時はここが中心商店街で、映画の「アメリカングラフティ」に出てくるように、若者が車でナンパをする場所だったんです。町の人びとにとっては「ハレ」の空間だったんです。ショッピング・モールが出来たら今のダウンタウンの売り上げの半分近くはとられてしまう、商店街がつぶされるようになっては大変だということで、トルーエックスさんたちが提唱した歩行者空間の案に乗ることになったんです。そしてこの事業を推進するために多額の寄付が集まり始めました。
ところで別の話になりますが、実はこのショッピング・モール計画は、発表されてから20年近くも計画は凍結されていました。なぜかというと、バーモント州は開発規制が厳しい州だからです。ウォルマートが最後まで進出できなかったのがバーモント州です。みなさんご存知でしょうが、ウォルマートの進出のやり方は、郊外の安い土地を買って広域から顧客を呼び寄せ、都心部の顧客も奪って中心市街地をつぶしてしまうというものです。だからウォルマートがバーモント州に進出するときは、いろいろな難癖をつけて絶対郊外には進出させませんでした。最終的にはラットランドという町のダウンタウンに進出することで決着したのです。1990年代に入ってからのことです。
ですから、ウィリストンのショッピング・モール計画にも、バーモント州は20年ぐらいストップをかけます。その一方で中心市街地の競争力をつけるために、中心市街地を歩行者専用道路にしてチャーチストリート・マーケットプレイスにしてしまったというわけです。このエピソードは日本でも、原田英生さんの著書『ポスト大店法時代のまちづくり』で詳しく紹介されています。
|
チャーチストリート・マーケットプレイスは1981年に完成しました。開業と同時に、ここは広く市民に受け入れられました。今は完成から20年以上経ってますが、現在でも広く市民や来訪者に歓迎され、年間300万人の集客を誇っています。人口4万人の町で年間300万人の集客はいかに大きい数字かが分かっていただけると思います。 どこからそんなに人が来るのかと言うと、バーリントンの北120kmの所にカナダのモントリオールという人口約300万人の大都市があるからです。 ただ、1990年代半ばには、それまでストップをかけられていた郊外ショッピング・モールが開業致しました。10年ぐらい経った今、チャーチストリート・マーケットプレイスの人通りや売り上げにも翳りが出てきているようです。しかしながらチャーチストリート・マーケットプレイスの成功は、バーリントン市の商業に活力をもたらし、郊外の商業開発に負けずに踏ん張っていると言えます。
|
また、チャーチストリート・マーケットプレイスの成功が地元の経済に活力をもたらしたことも特徴です。つまりここのストリートだけでなく、その周辺の商業地の集客にも貢献しているようです。波及効果が出てきていると言えるでしょう。
上図はひとつのブロックを取り出したものですが、薄い灰色はアパレル系の店です。アパレル系が一番多くて、その次が飲食店(カフェ、チョコレートパブ、ピザ)、後は宝石とか台所用品などです。どちらかというと、日常的な買い物より、買い回り品を求めるハレ的な商業空間であると言えます。ここは昔からそうだったんですけれど、郊外のショッピングセンターに対抗しようとすると、こうしたテナントミックスになると思われます。
店舗の特徴
店舗の特徴としては、まず地元の経営者が多いということがあげられます。26ある飲食店のうち23が地元経営者の店で、76ある小売店のうち6割が地元経営です。特に女性用のアパレル、宝石、バーモント州の地産の商品、住宅関連、スキー板関連などの店に地元経営が多いようです。
平面図および店舗構成、出典;チャーチストリートマーケットプレイス地区委員会
店舗構成を見ると、買い回り品が多いようです。
1)の「周辺の風土と結びつくような感覚のデザイン」について補足しておくと、バーモント州ではグラナイトという岩の産出地なのですが、これを道などの空間のデザインに多用しています。また街路樹も植え方も一定ではありません。これは森など自然の状態では木が一定の間隔で並ぶことはないからという考えによるもので、なるべくバーモントの美しい自然を彷彿とさせるようなデザインになっています。 チャーチストリートの真ん中には一本の線が引かれていますが、その線の上には地球儀が描かれています。地球儀の軸の上をバーリントンが通っているという絵を描くことで、地球とバーリントンがしっかりと結びついていることを象徴的に表わしたいとするケヴィン・リンチのアイデアです。 デザインの中にはこうした物語性も織り込まれていて、いろんな工夫がなされています。短い500メートルの空間ですが、歩いているうちにワクワクするような工夫が考えられているんです。
|
例えば、オープンカフェの審査基準がどういうものかを見てみましょう。六つあります。
チャーチストリート・マーケットプレイスが完成してから、1階の商業テナントの占有率はほぼ100%です。また、そのテナント料はバーモント州ではもっとも高く、全米でもこの規模の都市としては高い部類に属するテナント料をずっと維持できています。
ただ、成功をこうした数字であげるよりも、地区委員会の会長を8年間務めたモーリー・ランバート氏の次の言葉の方がもっとふさわしいように思います。
「どのような統計数字よりもチャーチストリートの成功を示しているのは、チャーチストリートという公共空間を楽しんでいる人々の存在である。それは学校からの帰宅途中にチャーチストリートで何が起きているかをチェックしにくるジェイソンやブライアン、毎朝家から歩いてコーヒーと朝食をチャーチストリートのカフェに食べにきて友達とおしゃべりするフランクとエレン、5ヶ月の赤ん坊と一緒に毎週末にチャーチストリートを散歩してバーリントンで生活していることを実感しに来るカレンとフィル、そういう人たちがいるからこそ、このチャーチストリート・マーケットプレイスはバーリントンのアイデンティティを象徴しているのである」。
この発言からも、チャーチストリート・マーケットプレイスがバーリントン市民の重要な資産として機能していることが、お分かりいただけると思います。
1)都心が市民にとって重要であると認識し、人びとが集まる公共空間が必要であると考えて、行動したこと。
2)自動車を排除して、人間を中心とした公共空間を都心に創造したこと(人口が4万人にも満たないのにもかかわらず)。
3)公共空間のデザインに力を入れ、特にその地域のセンス・オブ・プレイスを具現化するために力を入れたこと。
4)公共空間を維持管理する公的な独立した組織を設立したこと。
アメリカは市場経済主義が猛威を振るっている国なんですが、それにもかかわらず公共空間に価値を認め、それを創出することに成功した事例です。
オープンカフェの開業許可の審査基準
地区委員会がオープンカフェや屋台の開業について関与しているのですが、その審査基準は相当厳しいものになっています。カフェだけではなく、大道芸人もそこで演じる免許を得るためには地区委員会の審査を通らなくてはなりません。屋台については26台という制限枠が決められています。
1)住民や訪問者を惹き付けるようなバイタリティをチャーチストリートに付加しているか。
公共空間なんですが、オープンカフェを開業するのもこのように厳しい審査を受けることになっています。
2)地元経営のレストラン業だけでは難しいハイシーズンの需要への対応を、新たな座席を供給することで応じることができるかどうか。
3)郊外の集客施設と差別化が図れるようなマーケットプレイスらしいレストランを提供できるかどうか。
4)オープンカフェの経営によってマーケットプレイス地区委員会の歳入が増加するかどうか。
5)チャーチストリートの歩行者密度を高めることに寄与するかどうか。
6)バーリントンの消防署と緊急時に車輌が通ることが可能かどうかの検討、審査を経ているかどうか。
チャーチストリート・マーケットプレイスの成果
先ほど言いましたように、まず年間300万人の集客があります。
バーリントンの知恵
最後に、どういうまちづくりの知恵があったかを整理しておきます。4点あります。
このページへのご意見はJUDIへ
(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai
学芸出版社ホームページへ