京都−建築と町並みの遺伝子
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実例:京の遺伝子

 

●門

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 門です。これは皆さん見られたことがあると思います。裏千家の門です。結界がありまして、下地窓があります。ここに扁額というのを掛けるわけです。樋がありまして、竹なんですが、だいたい三年に一回、裏千家の場合は新しくされます。この竹が青い時というのは、庇が凛としていて、非常に気分の良いものです。

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 これが話題の吉兆さんです。この吉兆は悪い事はしてないですね(笑)。船場の吉兆が悪い事をしているだけで。安心してお訪ね下さい。

 門なんですが、棒が二本立っていまして、ここに「吉兆」とあります。最近あまり表に出にくいのか「吉兆」の文字が薄くなっています(笑)。ベースは竹でできています。門というものの中には屋根のある門もあれば、ない門もある。これはどちらかというと、神聖な門です。構えない門とお考えいただいたらよいかと思います。

 つい最近これとよく似たものを見ましたが、すがすがしいですね。だけどこれ、門と思いませんね。だけど来る人によっては「ああ、いい門ですね」と。それはそれはいい門なんです(笑)。


●簾

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 これは簾です。この建物を見ていただいたらお分かりいただけると思いますが、何にもデザインはありません。これ、誰か建築家が入って設計したとはとても思えない。つまり簾で全部隠してしまっているんです。ですから逆に言うと、立面図のない立面図をつくるのには簾が抜群にいい。デザインにお困りになりましたら、わけのわからんことをお考えにならずに、ただただ簾をぶら下げていただいたら京都の家ができると。ついでにちょちょっと格子をつけていただいたら、もうそれで京都です。

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 これもそうです。わざわざつくった窓を隠しているんです。ここに光が入るものなのか、入らないものなのか、向こうに壁があるのか、窓があるのか何にもわかりません。だけどどうもここに窓があるらしい。これが京都の奥ゆかしさと言えば奥ゆかしさ。だけどこれは、ものすごく淡い光が入っているのではないかなと思うんです。

 腰板張りがあって、柱があって、簾をぶら下げて、樋があって、裳屋根があったら、もう終わり。先ほど申し上げた磯崎さんや色んな方が窓を一生懸命デザインして頑張っておられるけれども、何も必要ない。これで十分。ですから京都の家は手をかければかけるほど、ややこしくなるというのが、話の流れでしょうか。


●格子

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 今度は格子です。格子と言いますと、これは格子ばっかりの家なんです。ちょっとぐらいどこかに壁をつくれよと、そして内側にせめて絵でもかけられる場所をつくれよと言いたいんですが、全部格子です。これも京都なんです。

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 これもそうです。これで一番デザインされているのは、縁の下の換気口です。それ以外何のデザインもない。ただ自分が好きな格子を入れておけばいい。この格子は、米屋格子であるとか、炭屋格子であるとか、祇園のまちの千本格子であるとか、割合と職業によって違います。

 ただ一つ言えるのは、この家の格子の戸は全部外れるんです。雨戸代わりになっていて、格子をしまってしまうと、外と内とが一体になる。そしてここに出店の商品でも置けば、十分に商売が成り立つというものです。


●蔵

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 これはまた不思議な家で蔵だけなんです。玄関がどこにあるかわからない。実は横のほうにちょっとした玄関があるのですが。「わしの家はちょっと違うで。蔵があって、なんぼの家や」というようなものでしょうね。ですから真っ黒の板と真っ白の漆喰壁と本瓦葺の屋根があって終わりです。これ、ちっとも変じゃありませんよね。だからこれが京都なんです。格子やったら格子ばっかり、簾やったら簾ばっかり、そしてここは漆喰と板ばっかり。それが一つの屋敷を構成しているのです。

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 これは蔵の玄関です。


●屋根

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 これが京都の屋根です。僕は幼い頃、恋人とこの辺の屋根の上にのぼって親に怒られたわけですけれども、京都のまちを一番「京都やな」と思うのは、たぶん鳥ではないでしょうか。人間は感じてないんです。鳥とか虫とかが「ああ、ここが京都やで」と。

 その鳥どもが今、「ここは京都かな。どこを飛んでいるのかな」と、悩んでいると思います。こういう瓦が、きちんとした甍があればこそ、こいのぼりの歌も京都の歌になる。そういう意味でもやはり甍は、京都が綿々と持ち続けていかねばならない一つの要素だろうと思います。

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 屋根だらけです。これを「嫌だ」という人はいないですよ。外人が見ようが、誰が見ようが、「ああ、京都だな」と。こういう景色は全国にはもう残っていません。これは京都の持つ良い景観です。立面図がどうのというよりも、屋根を葺く、屋根のまちをつくろうと言っただけで、京都はよみがえります。

 ですから一度比叡山の四明嶽のところから見られたら、「ああ、あそこはきれいだな、ここはごちゃごちゃやな」とよく分かりますから。都市計画とか、地域計画をなさっている方は是非とも比叡山に登って下さい。京都の全域をどう捉えるかということにも繋がっていくのではないかと思います。


●下地窓

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 これが下地窓です。この下地窓は多分、ご主人の部屋だと思います。ここに電気が点いていれば、主人はいる。電気が消えていれば、主人はいないか寝たかです。京の家の風物の中でも、光の風景は大切にしたい。ということで、この窓が持っている意味は、京都景観町造り大きなシグナルだと思ってください。

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 これなどはそれを通り越しています。今これをやりますと壁量計算でアウトです。「ここへブレース入れろ」となって、つくれない。だから新耐震であるとか構造計算基準であるとかいうのは、もうちょっと考えなければならないのではないか。これがなくなったら京都から一つの遺伝子が消えます。


●塀

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 板塀です。これは家がどこまでで、どこまでが塀かわからない。確かに外のはずで、このちょっと内側にたぶん障子かガラス戸か何かがあるはずなんです。ですから建築と塀という関わりは、京都の中では重要なんです。こういう建物は、地方の大概のまちを歩きましたがありません。これは京都特有のものです。

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 これもそうです。これは塀のような外壁のような、しかも門なんです。門と塀と外壁が一つになっている。粋な京都人なのか、偏屈の京都人なのか、それとも全く変わり者なのかという人が、たぶんこういうことを考えたのでしょう。まともな人でないのは間違いがない。

 そうすると、今、京都市が各論で、こうせい、ああせいと言っているのは、全く不条理な話です。それよりも、京都のまちをあっちこっち歩いて、過去・現在のデータを一杯集めて議論するべきで、京都のまちにはこういう家があるよ、そういう家も参考にしながら、しかも地域性を見つけて、次の新しい時代に向かっていく「京都のまちをつくろうではないか」ということなら理解ができるのですが、途中で庇をつくれとか訳のわからないことばかりです。徹底的に逆らうつもりではいるのですが、こういうふうなものが、やはり一つ京都のまちとしてあってよいものだと思うわけです。


●注連飾り

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 これはお正月の注連飾りです。

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 これもやはり注連飾りです。これは五条坂の河井寛次郎さんの窯ですが、ここまでは誰でも入れますが、向こうは神聖な領域です。窯でさえも、きちんと領域を決めているわけです。


●床几

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 これは床几です。この間テレビ大阪の番組から、僕の事務所に電話がかかってきて、「縁台と床几とバッタリ床几は何が違うのか」と聞いてきまして、ものすごく困ったんです。縁台は広縁の連続体のもの、ですからこれは必ず板張りで、たためない。それからバッタリ床几はご存知のように、パタンと壁側にしまえます。それから床几はどこへでも移動できるものです。

 僕が子どもの頃は、床几やバッタリ床几は、にっくきバッタリ床机で、夏になると床几を出して、将棋を教えられるわけです。負けるとそこにずっとおらなあかん。勝つと隣りの床几へ行って、また将棋を打って、だんだん上に上っていくんですけども。大概、この縁台でまちのおっちゃんに怒られるわけです。「おまえらなあ!」とやられるわけですが、将棋が下手でよく怒られた子どもには、恨み骨髄の床几なんです。

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 日頃はこのようにしまえます。パタンと倒れて、家の中と床几が一体になって、ご商売ができていたということです。まさしく京商法の代表格で、ものがあれば今売りまっせ、売り切れたらハイ、おしまいの世界。常設簡易店出し装置とお考え下さい。


●犬矢来

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 犬矢来です。これは建物の裾を汚さないということと、泥棒共の足がかりにならないためのものです。

 竹は京都の特産品で、京都の竹の使い方は世界一だと思います。これを古いと思うか、モダンと思うかです。僕は世界にない超モダンだと思うんです。このモダンが京都にはいっぱいあって、そのモダンを一つずつ拾い出していって、それぞれを京都の町並みの一つの風景として出していく。ちょっと置いただけでスカッとした京都が出来上がるという感じですね。

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 出窓があって、出窓の出っ張りに合わせて犬矢来を据える。こんな難しいことをするのは止めればいいじゃないかと思うんですが、これが京都の粋さ加減ですね。過去からの人たちが色々と考えてきた、「自分とこだけは」というのと、「まちを揃える」という意味もあったんだろうと思います。この家の隣りの隣りは三角なんです。水無月みたいな格好をしています。それぞれの家が特徴を出しつつ町並みをととのえる。みごとです。


●忍返し

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 これが僕が一番好きな忍返しです。江崎グリコの江崎さんが拉致された事件がありましたが、あれがなかったらこれは延々と生きていたと思うんです。あの拉致問題があってから警備保障になった?機械で判断する、それよりも知恵で解決しろよというのが、僕の持論なんです。

 忍返しがあるということが、金物職人を育てているんです。その金物職人を育てることが、京都の職人を育てる。遺伝子は、モノの遺伝子であると同時に、職方の遺伝子でもあるんです。

 ですから、職方の遺伝子をなくすことは、京都が消えることになるのです。これが景色の中にあって、ちっとも変じゃない。むしろまちなかにあってこそ京都です。子ども達が「あれは何?」という言葉が、今まちの中から聞こえない。「なんでそうなっているの?」という言葉もない。それが京都のまちを今ダメにしている大きな問題です。

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 これ、木が勝っているんです。忍返しがちゃんと木を避けている。これは大変ですよ。木の枝や幹のあるところをプツンプツンと切らなければならない。だから京都はただただモノを守るということだけではなくて、大事な木一本とコラボレーション。過去からこんな事一杯あったと思っていただきたい。これは京都の持つ最高の見せ場です。

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