例えば、写真右はイタリアのシエナ、左はフィレンツェです。いずれも町はずれが見えて街の向こう側には緑が見えます。つまり、街の全体像を見る場所があって、おそらくお住まいの方々は、「ウチの街」と言うとき共有できるイメージがあると思うんです。「街の風景」「都市の風景」と言うときは、ある対象が限定的に想定できるのです。しかし、同じことが日本の都市ではどうでしょうか。
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結局、街や都市の風景として想定されるものは、なんらかの形を持たないと決められないですし、それが多分計画の対象になっていくのだろうと思います。でも、どこまでも連担している市街地の中で、どうやって決めていくのかという疑問につながります。
OBPのような開発地区だったら、わりとわかりやすいかもしれません。しかし通天閣から見たらあの風景は現代の中で何をデザインしているのだろうと思ってしまうのです。しかし、ひとつひとつの敷地にはいろんな基準がかかっていますし、建物にもいろんなルールがかけられています。OBPであれば地区計画も指定されています。だからといって、それらの規制が街の風景を作っているのかという点で、いつも悩んでいるのです。特に、OBPの手前にある開発地区ではない普通の街は、マンションやビルに次々と建て変わって変化しているのですが、そうした変化を見ると、街の風景とは何なのかと思っていました。