地方都市での「議論と合意」の景観まちづくり
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質疑応答

 

 

司会(鳴海邦碩)

 今日は非常に密度の高いお話しをして頂き、いろいろ考えさせられることもありました。残りの時間は質疑応答にあてたいと思います。


■河崎の人間関係

難波(兵庫県)

 反対から協働へという動きの中で、今でも反対しているという人は何を反対しているのでしょうか。

浅野

 昔町が二分されたときの人間関係を引きずっている面があるということです。どちらの立場の人も河崎に住んでいますので、まだその時のわだかまりがある人が一部いるということです。市もまちづくりの方針を転換していますから、みんなが新しいまちづくりに向けて気持ちを入れ替えてくれたらいいのですが、100%の住民がそうなることは難しいのです。これは古い町に共通する問題点かもしれません。


■河川改修に代替案はなかったのか

難波

 今の視点で見ると、右岸も残すという河川改修はできなかったものでしょうか。当時は技術的に難しかったのでしょうか。

浅野

 難しい問題ですが、実は河川改修の時もアドバイザーとして入ってきた河川工学の専門家が「河川改修しなくても治水ができる」という提案を出しているんですね。上流のいろんな政策とセットですが。

 また、七夕豪雨で伊勢市が浸水したときも、河崎地区はほとんどその被害を受けていないのです。日頃から水と向き合った暮らしをしていましたから、町並みそのものがちょっと高めの所に設けられていたのです。

 従って、専門家のアドバイスを元に河川改修しなくてもいいという提案を当時の建設省に出したのですが、受け取ってもらえず、そのまま河川改修が実施されてしまったという状況だと聞いています。


■勢田川の水質

西(UR)

 私も昔三村研に在籍しておりましたので、今日のお話しは懐かしくうかがいました。かつては勢田川の水質があまりよくなかったという印象なのですが、最近はどうでしょうか。

浅野

 さすがによくご存知ですね。勢田川流域では長年にわたり下水が整備されてなくて、下水整備が課題です。水質改善に関しては部分的な試みはいろいろやっていますが、抜本的な解決はまだできていない状況です。ご指摘されたことはまさに重要な課題です。


■なぜ大都市で出来ないことが地方都市でできたのか

横田(岡山)

 松阪の例についてご質問させていただきます。

 建築確認がおりた建物を2万人の署名で4m低く抑えた建物にできたというのは画期的だと思います。ご存知のように東京の国立のマンション紛争ではそれができませんでした。また2階建ての問題にしても、市がそれを公園用地として買収するというのは他所ではなかなかできないことだと思います。

 それができたポイントは何でしょうか。

浅野

 その点がやはり大都市と地方都市の違いかなと思います。地方都市では、住民とマンションの距離が大変近い状況ですから、そのまま建ててしまうと、今度は販売が難しくなり、資産価値にも響くと業者側は判断したんじゃないかと推測します。それで高さの点で一歩譲歩して、地区計画にも賛同したのだと思います。

 低層住居の方は、当初は松阪市も財政が豊かではないので、公園用地としてすぐ買収すると決めたわけではないのです。話し合いをしていく中で、ちょうど景観法もできて、高層マンション問題で殿町の人たちがまちづくりにやる気を見せていたことから、松阪市としても思い切った決断をしたというわけです。市長としても高い買い物だけど、反面教師としての授業料だと思って、決断されたと思います。

 この松阪の例や伊賀の例にしても、本当は最初の事例を止めることが重要だったのですが、問題が起きてない状況の中では誰もその危険性に気がつきません。いくら説明しても、「将来こんなことが起きるかもしれない」というのは、なかなか分かってもらえませんでした。

 しかし、最初の事例が起きると、それが反面教師となって、まちづくりにやる気のある人たちが立ち上がるのですね。もちろん、第二、第三の事例が出来てきても「もう仕方がない」と諦めてしまう地域もたくさんあるとは思います。たまたま、伊賀と松阪はその危険性に気づいて立ち上がることができましたので、第二、第三の事例を防ぐために景観計画へつながっていきました。私としては、その最初の事例で良い勉強をしてくれたという思いです。長期的なまちづくりへ向けて地元の方々が合意して動き始めています。その授業料としてマンションが一棟建ったというふうに感じています。


■例外となった伊賀上野市の駅前再開発事業について

千葉

 伊賀上野市の駅前再開発事業で、高層の問題があると聞いていますが、それはどうなったのでしょうか。

浅野

 駅前再開発事業については、伊賀の景観紛争が起きる前から議論が続いていました。結論から言うと、ようやく地権者の合意ができて、駅前再開発事業は今年度が実施設計の段階に入っています。近々事業化されていくと思います。

 駅前の建物に関しては、ここだけは景観計画ができる前に都市計画決定されている所ですので、30mの高さが許されています。景観審議会でも、ここだけはやむなしと判断しました。デザインに関しては、城下町に配慮した設計にしてもらっています。ですから、ようやく実現にこぎ着けたという状況です。

 もしご関心がありましたら、どうぞ数年後にいらして、駅前の再開発事業の姿が城下町に合っているかどうかのご意見をいただければ幸いです。


■策定プロセスでの住民参加の工夫は?

高尾(九州大学)

 伊賀上野と松阪の地区計画や景観計画を策定する際、住民参加のプロセスで工夫している点があれば教えてください。

浅野

 まず、計画策定におけるプロセスの工夫についてですが、紛争が起きたことがきっかけですから、住民の方からの積極的な働きかけがありました。従って、住民の方がむしろこの問題をどうして解決していくかを自主的に勉強されていきました。

 その点では、何も問題が起きてない中で、市が呼びかけてまちづくりワークショップを行う状況とは違っていたと思います。伊賀や松阪では市民たちが積極的にそうした場をつくって、勉強会や会合を開いていきました。その延長で、自らまちづくりや計画策定に参加するプロセスを生み出していったのです。

 そうしたプロセスがありましたので、景観計画をつくることに関しては市民説明会や地区説明会で何か特に工夫したということはありません。もちろん、地区説明会は何カ所かに分けて、かなり丁寧に説明していきました。ただ、話を聞く市民のみなさんも初めて聞く話ではなく、下地が出来ている状態でした。自分たちが勉強したことに対する市からの回答を聞くという内容でしたので、何か特別な工夫をしなくてもうまく合意できたという結果になりました。


■運用プロセスでの住民参加の工夫は?

高尾(九州大学)

 住民が主体的に生活景を守り育てていくことを考えると、景観計画を運用していくプロセスの中に市民参加があることが望ましいと思うのですが、その運用プロセスで工夫している点があれば、これも教えて頂きたいと思います。

浅野

 私もその通りだと思います。

 伊賀市と松阪市では景観計画を今年(2009年)1月から運用を開始していますが、9ヶ月しか経っていないので、まだ十分な運用の歴史というものがありません。今後の運用プロセスに関しては工夫していく必要があると思っています。

 伊賀市の場合は三つの町筋全体で風景協議会を立ち上げました。ここにエリアの全自治会長さん数十人に入ってもらって、これから意見交換をしていくことになります。その協議会の立ち上げも、ようやく無事に終えたところです。あとは、そうした場を利用して計画を上手に運用していけるかどうかが伊賀市に問われてくると思います。

 松阪市の場合は、景観計画の中で重点地区の候補に指定したエリアでは、伊賀市と同様にまちづくり協議会を立ち上げてもらいました。紛争のあった殿町自治会のみなさんにも、協議会に入ってもらっています。全域にわたって、殿町の出来事を勉強してもらい、ひとつの教訓にしてもらおうと考えています。重点的に取り組みたい地域では、このように協議会を立ち上げて勉強を始めている状況です。

 協議会の立ち上げそのものに関しては、他の都市でも作られている協議会とおなじようなやり方で、特に工夫はしておりません。

 近い将来、景観計画の運用がうまくいっているかどうかが問われてくることになるでしょう。そこで問題が起きないようにしていきたいと思います。


■世代交替と景観の関わり

鳴海

 先生が書かれた本のタイトルである「生活景」という言葉は、知っている方もおられるでしょうが、景観をそういう視点で捉える方はそう多くはないと思います。私は原稿の段階で読ませていただき、いろいろ意見も申し上げましたが、この本にはいろんな地域の具体的な事例と同時に、景観を考えるいろんな切り口がたくさん紹介されていると思いました。実際に地域の現場で景観づくりを考えている人には、とても多様なヒントが得られる本だと思います。

 先生のお話の中にもありましたが、世代交替と地域の景観の継承というのがうまくそろっていかないといけないのですよね。とりわけ、小さな地方都市ですと、往々にして子ども世帯が他都市に出たまま帰らないということが多いです。そうすると、世代交替の時に屋敷が売られていくんです。いろんな人の営みと景観継承の関係は地方都市でさえ複雑なのですから、大都市ではもっと複雑でしょう。このように世代交替と景観は大きく関係しているのですが、同じ方法ではうまくいかないということが良く分かると思うので、ぜひこの本を読んで勉強して頂きたいと思います。

 今日は、三重県の事例と浅野先生の実践活動を事例としながら、生活景についていろいろ教えていただきました。浅野先生、今日はどうもありがとうございました。

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