ランドスケープ・デザインの現在
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誰がどう評価するのか

 

■周辺の街との関係は

玄道

 小林政彦さんは、建物に焦点を当ててお話しいただいたと思うのですが、建物周辺の街並みも含めた日本的なデザインということについてはいかがお考えでしょうか。

小林政彦

 私どもが都市計画的な業務を受けているのであれば、もっとマクロな視点から周辺も含めて計画し、その上でこの建物のランドスケープはこうだとしていくでしょうし、それが理想的な仕事のやり方だと思います。しかし、現実にはそういう形の仕事は少ないのです。

 我われが出来ることは、与えられた敷地で、周辺の埋もれかけている風景の要素を新たに蘇らせることができるデザインを新たに付加することです。断片的ですが、外部の記憶も含めた街並みや風景の特質につながっていくのではないかと思います。それはやっていかなくてはいけない仕事ですが、街並み自体が我われの手の出せない分野ですので、街並みとどうつながるかと聞かれると、なかなか難しい問題だなと思います。

 むしろ、現在の都市の中では、外部の風景をうまく取り込むよりは、閉ざしてしまって外を見えなくしてようやくランドスケープが成立するということが少なくありません。街並みも含めたデザインというのは難しい問題だと思います。


■公園の評価、公園の賞味期限

難波(兵庫県)

 同じ公園の事例でも、お二人の話は全然違うものだなと面白く聞かせていただきました。

 ワークショップ型公園についてですが、完成した後の公園の評価はどうとらえられているのでしょうか。変な話ですが「公園の賞味期限」というものをどのように設定されているのか。つまり、南山の公園をワークショップで作って、次に手を入れるのはどんな時期なのかということです。そのへんは計画段階でどのようにお考えでしょうか。

 また、最初の小林政彦さんの事例も同じ視点で言うと、クローズドされているレジデンスでは、ユーザーは中庭などの空間をどうとらえているのか。その評価は誰に求めて作られているのか。その辺をうかがいたいと思います。

小林和子

 南山探検隊という組織を作った目的のひとつに、この公園が飽きられないようにしたいということがあったかと思います。公園は出来た後の管理がとても重要で、北大江が典型的な例ですが、ゴミが散乱している時と今では利用する人が全然違ってきました。まちづくりの方々が荒れた公園でゴミを拾って、捨てられたたばこの吸い殻も無数に拾っていきながら、自分たちが来たくなる公園づくりを進めていきました。南山でもそういう風に進めていきたいと思って、南山探検隊を組織したということです。

 こちらが全部計画したわけじゃなく、彼らが活躍できるようファジーな部分を随分作っているつもりなんです。例えば現況林には全然手を入れていませんし、ユニバーサル花壇のような要素を入れたりしています。そうすると、そこから何かが始まりやすいというのは実感としてあります。実際には、兵庫県の「緑の少年団」で助成を取られて、活動が継続していると聞いています。「公園の賞味期限」については、そういう活動で考えています。

 次に改修整備をするのがいつかというご質問であれば、それはたぶん30年後かなと思います。そこまでの間が重要だと思いますので、この間に住民の方でやれることはやって頂きたいと考えています。そういう活動が、公園の賞味期限を延ばすことだろうと思います。

小林政彦

 いろんなレジデンスを作って、その評価がどうなのかということ、ユーザーはどう考えているかというご質問ですね。

 いろんなケースのプロジェクトがありますので一概には言えないのですが、集合住宅の場合は賃貸か分譲かの業態によってその管理スタイルが違ってきます。ただ、意外と住人からの評価が聞こえてくることは少ないですね。むしろ、クレームという形で仕事への評価が聞こえてきます。「植栽の育ちが悪い」「水が地下に漏れている」などのクレームの形で住人とようやくつながるということはあります。それに対しては、可能な範囲で数年間かけていろんな問題へのアドバイスをするという形にしております。

 レジデンスと違う都市開発的なプロジェクト、例えば六本木ヒルズの場合ですと、まち開き以降はいろんな使われ方をします。その使われ方の中で、よりいい使われ方がされるよう、ディベロッパーさんの方もどんどん風景を変えていっています。

 我われは基本的には、竣工後にその空間が使いやすいように、あるいはその時代に合うように風景が変わっていってもいいのではないかと思っています。特に、プラザなどのパブリックスペースについては、時代に応じて使い方も変わってきます。

 数年あるいは十年経つと新しい活動がその空間で芽生えてくることがあります。その活動に対応するためには作り直さないといけない。そうした風景のやり換えは当たり前だろうと私は思います。言い換えれば、時代に即した形で風景が成長していくことだろうと思います。

 ただ残念ながら、集合住宅でも管理がなかなかうまくいかないのが、特に公共系の住宅に多いです。ほとんど無管理じゃないかと思える光景をたびたび目にします。それで、私たちがHAT神戸を手がけたときは、年配の方々が外で花作りができるような形にしたいと思いましたし、参加型の空間が出来たんじゃないかと思っています。「あなた任せ」の空間を作るんじゃなくて、住民が「関与したい」「もっと良くしたい」と思うような風景作りができれば、風景も良くなっていくのかなと思います。

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