「和」の都市デザインはありうるか
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質疑応答

 

 

■なぜチグハグ感が生まれてきたのか

難波(兵庫県)

 最初の話に出た「都市空間のチグハグ感」の写真ですが、やはりあれはアカンですよね。今日の田端先生の論点からははずれるかもしれませんが、なぜああいうものを日本の社会の中で認めてきたのかと思ってしまいました。

 過去の都市計画の中では、イギリス型のテラスハウスなどいろいろ提案がありました。提案がありすぎて都市デザインがないがしろになってしまったような気がしてしかたありません。なぜこうなってしまったのかというあたりをうかがいたいのですが。

鳴海(司会)

 長らく行政におられたご自身はどうお考えですか。

難波

 いろんな提案はほとんどが国から発信されてきたものですが、それをいろんな先生が「こうすればこんなものができる」とそれぞれ提案してきました。それが何か方向があったかというと、結局は方向性のない提案でした。バラバラだったと言わざるを得ません。ヨーロッパみたいな形で、まとまった形になることはありませんでした。それが、なぜなのかはよく分かりません。

 イギリスの例で、1階部分に赤い色の店舗がある写真がありましたが、あれも実は崩れた形ですよね。多分イギリスでは許されてないと思うのですが、日本だったら許容範囲になったと思います。

田端

 なぜ町並みがバラバラになったかという話を今日はしたつもりなんですよ。結局は制度の問題が大きいと思います。建築基準法がこういう細長く小さい敷地に対応できていない、大きい敷地向きの法律だったということだと思います。


■「和風の都市デザイン」という概念について

堀口(アルパック)

 あえてうかがいますが、「和風の都市デザイン」という概念が昭和40〜50年頃には既にあったかどうか疑問に思います。

 京都の景観行政を考えると、当時は歴史的な景観の保全・修景という、どちらかというと景観を固定的に保全することを目標にした状況があったと記憶しています。それを現代的に解釈するクリエイティブな「和の都市デザイン」的な概念が出てきたのは、1990年以降ではないかなと思います。ですから今ようやっと、吉村先生が出されたような町並みの解決策の提案などが市民レベルで受け入れられる時代になっているのかなという見方をしています。その辺の歴史的な発展プロセスを説明していただけるとよく分かるのですが。

田端

 確かに昭和40〜50年代に和風の都市デザインを進めようという概念はなかったでしょう。

前田(学芸出版社)

 今も田端先生がおっしゃっているだけです。

田端

 和風のデザインを地区的レベルでという方法については、京都市の風致地区なんかでは昔からやっていますが、都心的な市街地の中ではそれほど意識されてきませんでした。初めて言及したのは、1998年の市街地景観整備条例、さらに全市的に考え方を拡張したのが2007年の新景観政策だと思います。それ以降、「和の都市デザイン」が語られ始めるようになったと思います。

堀口

 つまり、市民レベルで「和の都市デザイン」が受け入れられるようになるのはまだこれからだということでしょうか。

田端

 それはその通りです。

 今日の話の中で繰り返し話しましたように、歴史的な形成過程をもつ敷地をそのまま使って行かざるを得ないので、それをきちんと使って、良い建物を作っていけば自ずと和風の生きた都市デザインになっていきますよという話をしているのです。

 ですから、「和風のまちづくりが目標」という言い方は今回はしていないはずです。和風と和は違いますから。


■ヨーロッパの美しいまちづくりの背景について

上村(京都市)

 ヨーロッパの町並みは誰が見ても綺麗で統一感がある町並みですが、それが成立した要因にはそこで暮らすヨーロッパの人びとがこういう町並みが美しいのだという感覚を共通して持っていたことが背景にあるのでしょうか。

 それとも人々の気持ちとは関係なく、産業革命以降の都市爆発の中で、開発する上でこちらの方が合理的だという理由からこういう形になっていったのでしょうか。

田端

 「合理的だから」という理由ですね。開発事業として展開されたわけなので、経済的合理性が推進させた結果であるということです。

鳴海

 パリの場合、建築家不足という背景もありました。それくらい、建築ラッシュだったのです。土木技術専門の人が設計した建物も多く、その結果ありきたりのデザインの建物が多くなったといわれます。今日のパリの街並みが、落ち着いて、調和がとれているのはそのためといわれています。

田端

 しばらくして現れた建築家のコルビジェ派の人びとは、そうしたオスマンの都市改造にものすごく反対していますね。

上村

 では、最初は「街を美しく」という発想ではなかったわけですね。

前田

 中庭を作るという約束ごとはいつからあったのですか。

鳴海

 それは建築法で定められているから、当初からありました。


■すき間のない住宅を目ざしているのですか

井口(ΙΝΟPLΛS)

 田端先生のお話は期待通り素晴らしいものでした。これから、まちづくりにおいて大きなテーマになっていくと思います。2点うかがいたいと思います。

 (1)田端先生の主張を乱暴にひとことでまとめてしまうと、要は美しい街をつくるためには家と家の間にすき間を作るなということになるでしょうか。ヨーロッパではずっとやってきたけど、日本でも京都の町家で見られたが、それが今や崩れている。それを回復させるべきだというお話だったかと思います。

 京都の町家は実は一戸建てだけど、それを連続させるために壁と壁のすき間をわざわざ埋めていますよね。地方の文化的なレベルの高い伝統的な町並みを見ても、同じような方法を取っている様を見ることがあります。私は、これは合理性というより美しさを求めてのことだとずっと思っていました。

 家と家のすき間を埋めると美しくなる、そういう共通の美意識が育った結果がそこに現れているんだと思ってます。古い例だけじゃない。現代建築で村野さんが設計した日本生命ビルも隣とのすき間を埋めているんですよ。村野さんもそうした美しさを意識してたんだなと思いました。

ただ単にすき間がないから美しいというよりも、すき間を無くすことで、町並みの連続性をつくろうとするデザインの意識が格段に強くなる、その結果町が美しくなるということだと思います。

 だから、田端先生もそうした美しさを求めて主張されているのかと思うのですが、そう理解して良いのでしょうか。

 (2)今日のお話は、大通り型・まち通り型・路地型の町並みの中で、まち通り型の建物のありかたについてお話しされたと思います。まち通り型ですき間のない建築の町並みが美しいということでは、以上に申し上げましたようにまったく同感です。

 一方で、郊外のすき間だらけの住宅を問題例として挙げておられました。そういう郊外の庭付き1戸建て住宅とまち中の町家を同じ扱いにしていいのだろうか、田端先生のお話はまち通り型の建物に限ったお話しではなかったのかという疑問を持ちました。

 最近郊外で作られている住宅は、敷地がものすごく狭くなっているから「庭付き一戸建て」と言いつつも町家に近い建て方になっていますよね。そうすると、家と家のすき間も相当狭くなってしまいますし、道路が迫っているから肝心の庭も取れない家がたくさん出来ています。

 だから、町家も郊外住宅も一見するとさほど変わらないように見えることがあるのが最近の実情だと思うのですよ。それでも京都のまち通り型の建物と郊外の基本的に庭付き1戸建ての建物を一緒に論じるのは難しいと思います。

 それとも田端先生は、あえて今後は郊外にもまち通り型の建物を展開していくべきだというのが今日のお話の主旨だったのでしょうか。

大方の日本人には京都のまち通り型の建築はなじみが薄いし、最近の郊外には新しい形の1戸建ての町並みが生まれつつあるという気がしてまして、その意味でも一般の住宅地などは別に論じた方がいいと思っているのですが如何でしょうか。

京都では烏丸通のような大通りではその可能性があると思います。大通り型ではまさに田端先生の言われる連続性がつくれるし、それによって街がずっと美しくなると思います。私が「都市の根元線」を主張しているのは(「13人が語る都市環境デザイン」学芸出版)その点で田端先生と共通する話しだと思います。 
田端

 (1)については、すき間をなくすのが目的という話ではないのです。結果として家が連続したら美しくなるので、都市デザイナーとしてはその点を見過ごしたらいけないということです。使いようのないせまいすき間が連続する町並みは確かに不細工ですが、そのことが問題というより、すき間だらけの町が合理性を欠くという発想からお話しているのです。郊外論も同じことが言えると思います。

 きょうはまち通り型町並みの話でしたが、他の市街地にも広げていくべきでしょう。

 ただ、美しくみせるためにすき間を残すという作り方もきっとあると思うのですが、それはかなり敷地に余裕のある建物の場合であって、こういう高密度な市街地の中で敷地が狭い場合は、すき間をなくす方向できちんとした工法やデザイン論を普及させていく必要があるでしょう。我われもそんな知恵を出していかないといけません。こういう考え方が街場の工務店、大工さんに伝わってないから、さきほどお見せした区画整理の市街地のような建物が生まれてしまうのですね。

鳴海

 ちなみに、先程の写真はどこですか。

田端

 大阪の阪急淡路です。だから、郊外というよりは駅前市街地といった場所。道路網の整った街区をつくるために、敷地区画をつくり直しているところです。だから従前よりも小さくなった敷地で建物再建が進んでいる事例で、建物の裏側から写真を撮りました。


■誰が都市デザインを考えるべきか

中川(大学生)

 今、大学で都市政策について学んでいます。こういうデザインの知識や方向性については、まちづくりのファクターの中では誰が中心的に持つべきなのでしょうか。

 行政、専門家、住民、誰が一番持っているべきかについてうかがいたいと思います。

田端

 理想論を言えば、みんなが持つべきなのでしょうね。現実には当初、誰かが問題を発見し、整理しなおして具体的な話をして進めていくことになるので、やはり専門家が住民や行政に説明していくことになるでしょう。

中川

 実はまちづくりのプロセスがどういうものかが分かっていないのですが、法律を作るのは行政ですよね。だとしたら、行政が動かなければ一つの基準ができませんよね。その基準が出来ることで、まちづくりの方向性が出来上がるのかなとも思ったのですが。

田端

 いや、住民もそれぞれの住み方の基準を持っているのですから、行政が決めたからそっちの方向に行くというわけではありません。だから、まちづくりの順番で行政が先に来るということは絶対にないです。

中川

 行政と専門家の間でどのような話し合いがされているのかが、気になってしまうのですが。

中村(ランドデザイン)

 今の話のフォローになるかどうかはわかりませんが…。

 すごく建て詰まって連続感がある町並みを作ろうとして、明日から何が出来るかを考えました。一斉に建て替えることはないでしょうから、とりあえずペンキを塗って1階の家を揃えてみるとか、あるいは1軒が建て替えるときには隣の色や高さを参照するルールを作ってみるとか。

 多分、町並み一体に大きく基準の網をかける方法では物事は動いて行かないような気がします。一つ一つの要素を改造していくときに、「こういう方法があるよ」と提案していくことから始めた方が良いように思うのですが。これは、もちろん行政ではなくて、市民レベルから言えることかなという気がしますが。


■なぜ日本の家はすき間を作ってしまうのか

前田

 普通に考えたらこんな狭い敷地ですき間を作ってしまうよりは、ぴたっとくっつけた方が住む方にとっても得ですから、建築側でそうした工法を作ることが第一だと思うのですが。

 なぜそういう技術開発がされてこなかったのか疑問です。

鳴海

 途上国ではどんどんそれをやってますよ。

前田

 じゃあ、なんでそれが日本でできないんですか。

井口

 その話だったら、私は関係者に何度も話を聞いたことがあります。結論を言ってしまうと、日本人は壁をぴたっとくっつけてしまうのがイヤだからということに尽きますね。壁を共有するのはもっとイヤですね。敷地の中に1戸がはっきりと独立して建っている形でないと、不動産価値がないのです。

 昔、当時の住宅公団がテラスハウスを作ろうとしましたが、普及しませんでした。私もそのような提案を何度かしましたがディベロッパーには受け入れてもらえませんでした。また、私が見た実際の例としては、共有壁で分譲された家が建て変わるとき、その共有壁は放置して、その内側にわざわざすき間をつくってもう一回り小さな一戸建てを建てるということがありました。これが日本人の感覚なんです。

 日本人は、建物は庭付き一戸建てを常識として考えていますから、京都の町家の有り様の方が日本の中では非常識ということになるんです。京都のまち通り型町並みの中で家を連続させるというやり方は通りますが、それ以外の場所では、それは一般の日本人にとっては納得できない話になるんです。

前田

 しかし、外国の例で言うと、ドイツの都市計画を研究されている春日井さんのお宅はドイツの立派な2戸一のお家に住んでおられますが、実は2戸一に見えるけど2つに分かれた分譲だとおっしゃっていましたよ。

 だから、見かけは連続しているけど一戸建てであるというのは世界的なものでもあるのかなと思うのですが。

田端

 つまり、建て替えたくなったときに共有壁だと自由に変えられない。それを分けて建てることで可能にしたというわけで、日本でもそういう技術を開発しないといけないと思っています。

井口

 でもねえ、日本人はたとえ風が通らなくても、目の前に隣の壁が塞がってても理屈抜きに窓が欲しいものなんです。だから、すき間がいるんじゃないでしょうか。


■すき間を残さないで建て替える方法はあるか

桐田(あるくら京都)

 田端先生のお話には、『町なかルネサンス』の時代から、やはり同じ京都ということで共通する感覚があるなあといつも感じています。

 実は私は、先ほど先生のお話に出た職住一緒の京都の町中に暮らしています。家が古くなって建て替えを考えるとき、やはりなぜすき間を残しとかないといけないのだろうと考えるんですね。防火のことを考えると、垂直に敷地ギリギリまでコンクリート壁を立てて延焼しないようにしようと考えたのですが、そうすると基礎がはみ出てしまうのです。だから、工法的に難しいなどといろんなことを考えているわけです。

 よく共同建て替えの話を聞くことがあります。しかし、長屋では共有壁は絶対受け入れられない話だと思います。敷地ぎりぎりいっぱいまで、それぞれの個人の壁が接することが原則ですから、共通の壁というのはないと思います。だから、共有壁という概念は、敷地を持っている人が納得しない話だと思います。

 今日の話で勉強になったと思うのは、私もいろいろ建物デザインの話は気にしていますが、敷地についてはこれまで注目してなかったことなんです。言われてみると、「うなぎの寝床」の敷地の中で、敷地をどう利用するか、隣との関係をどう考えるかに視点を移すことで街のデザインが変わってくることが分かります。

 郊外に行って昔の水路だったところのすき間を残したままの建物とか、地方に行ってすき間を残して建つ住宅地を見るたびに、私はなんとも言えない異和感を感じていました。なぜこんなにすき間を残すのか、分かりませんでした。

 そういう中で、さっきの田端先生の考えを踏まえていこうとしたときに、隣同士並んだ家で個別の家はどういう方法をとればうまく展開できるのか。田端先生のお考えをお聞かせください。つまり、共同建て替えが考えられない状況で、壁をぴったりとくっつけた形で建て替えようとするときに、どんな方法で進めていけばいいのかということです。

 行政や地域の人たちとのいろんな関わり方があるでしょうが。

田端

 それをこれから開発していかないといけないという話なんですよ。

 ひとつは、敷地いっぱいにつくるために、工事の時に隣の敷地を使わせてもらう。それができるような建築工法と敷地利用のルールを作っておくことが考えられます。

 独立建築という最大の制約を外すなら、アムステルダム方式で共有壁にするという方法です。

堀口

 さっき井口さんがおっしゃったように、京都の建て方、つまりすき間を作らないで建てていくやり方の方が日本では非常識だと私も思うんです。大部分の日本人は、壁が共通という話以前に、たとえ家と家が分かれていても自分の家が長屋建てに見えることがイヤなんです。

 昔体験したことですが、住宅公団でタウンハウスを作ろうとしたとき、壁と壁の間にスタイルフォームを打ったということがあります。つまり、共有壁と言うより2つの壁をくっつけたようなタウンハウスを作ったんです。でも全然普及しませんでした。大方の人にとっては、連棟してしまうと「自分の家に見えない」のがイヤということだったらしいのです。


■なぜ共有壁が嫌われるか

千葉

 私は元公団に在籍していましたから、先ほどからの話を興味深くうかがいました。私自身はタウンハウスを手がけたことはないのですが、タウンハウスのみならずゼロロット計画がほとんど普及しなかったことから、やはり日本人は長屋が嫌いなんだろうなあと思わざるを得ません。

 一つは全部同じデザインはイヤ、ちょっとでもデザインをよそとは違うものにしたいというニーズが非常に強くて、同じものが並んでいる光景にものすごく異和感があるようです。

 二つは、先ほどから出ている二重壁の話ですが、共有壁にしてしまうと区分所有法のもとでの共有ということになって、それがとても嫌われています。これは、木賃の建て替えをしたときの経験ですが、共有壁ではなく二重壁の提案をしたらスムーズに合意形成ができたという体験から感じたことです。つまり、隣の人と財産を共有したくないということが、オーナーにとってとても大事なことのようです。

 ですから、共同化と言ってしまうとハードルが高くなりますから、隣との協調化ですき間をなくしていくことをルールとして作っていかないといけない話だと思います。ルールづくりももちろん至難の業ですが、どこかで誰かがやらないと今話されている問題は解決の方法が見えてこないと思います。

田端

 同じようなデザインが嫌われるという意見が出ましたが、私はそう思わないんですよ。一気に開発された分譲住宅で、同じようなデザインばかりなのにけっこう売れるということはありますよね。ですから、建て替えがスムーズにできる家なのかどうかがやはり問題になってくると思っています。


■京都景観スタディの場合

中村

 京都景観スタディをやっていたことを思い出しました。姉小路をモデルにいろいろ教えてもらって、実際そのお手伝いをしています。その中でよく出てくる話で、地元の方が常に気にとめておられるのはやはり、お隣と境目のことです。例えば、隣の家がちょっとセットバックしている場合などでは、こちらの側面が表側に見えてきます。そういう場合、その部分に板を張ってくれという場合があります。そうすることで、自分のところのファサードが一体感を持ってくるわけです。

 先生の話とは違う方向でしょうが、視覚的に見たら連続性があり、一体感が感じられる町並みになってきます。つまり、隣との敷地との関係性が問題になってくるわけです。隣に声をかけて、「こうさせてくれ」と申し入れをする例は2、3ありました。

 町中の場合、家を詰めることもひとつの方法でしょうが、詰まってない家の場合どうやって連続性を持たせるかも考えないといけないことです。色を合わせる、素材を合わせるなどの手法も、景観スタディの中で試みたことがあります。


■建築家の立場から

吉村篤一(建築家)

 こういう話はいくらやっても結論は出ないというのが私のこれまでの実感です。

 例えば、さきほどの区画整理のような住宅地は、たとえ壁をくっつけようが離そうが、良い町並みになるとは思えません。それをみなさんがどう思うかです。くっつけた方がいいとか離した方がいいという議論で、和×洋の都市計画が出来るのかどうか。

 私としては、こういう議論をするときに「和風」とか「洋風」という言い方をもうしない方が良いと思っているんです。こういう住宅を「洋風」と言ってること自体がおかしいです。

 京都の三条通りには、いわゆる洋館と和の建築が並んで建っていますが、これは良い町並みになっていると私は思います。それは、ここの洋館がとても心意気の詰まった建築になっているからです。

 京都の古い町家あるいは大正〜昭和初期の洋館建築が軒を連ね、中が質の良いお店になっていたりして、そぞろ歩きするのにぴったりで、若い人たちにとても愛されています。一方、つい最近あった祇園祭の巡行の様子を見ていると、鉾はものすごく心意気のこもった造形物なのに、四条通や河原町通りを通るとものすごい異和感がある。それと同じ異和感が今、日本の古い町並みの中で起こっていると思います。現代建築は本当に質が良くないのがほとんどです。

 京都だけの話に限ると、今はビルが連なる河原町や四条よりも、和洋の古い建物をうまく生かしている三条や烏丸通りの方が町並みとして良くなっていると私は思っています。ですから、和風が良いとか洋風がいいとかという視点より、別の視点で話し合いをしていった方がいいのではないかと考えました。

 田端先生のお話にあったように、私はまち通り型町並みの中でのモデル街区イメージをさせてもらいました。また、実際に町家型共同住宅というのを上七軒で作りましたが、やはり鉄筋コンクリートで和風のデザインをするとどうしてもうまくいかないんです。本物は絶対に出来ないのです。

 また、姉小路でも町家風の建物を作ったこともありますが、やはり自分でもあまり出来は良くないなあと思っています。ですから、和風のデザインを現代建築の技術と素材で作ると、古いものよりも良いものは絶対にできないと思っています。京都の古い料理屋さんが東京の和風建築の巧い人を呼んできて作った例もありますが、私はあれも本物の和風建築ではないと思います。どんなに巧い人でも本物には勝てないというのが実情です。もう、我われは和風建築は作らない方が良いんじゃないかとさえ思っています。

 京都市は「新しく作る時は和風建築にしなさい」という指針を出して、住宅メーカーがそのルールに従って作っていますが、それを見ると単に屋根を和風にしただけというものだったりしますよね。

田端

 ちょっとよろしいですか。私は今日、建築の話をしていたわけじゃないのです。和風の建築ではなく、和風敷地の使い方の話です。引き継がれてきた敷地をきちんと使う中で、表に見える形も変わってくるはずですから。それをやっていこうということです。

吉村

 ただ具体的な建築を作ろうとすると、どうしても和風にするか洋風にするかという話になっていきますので。それはもう意識しない方がいいのではないかということを言いたかったのです。

田端

 それでいいと思います。

前田

 でも区画整理の住宅群は、建て替えで壁面が揃わなくなった街と比べたら、まちまちにセットバックしておらず、壁面が揃ってるし、美しいという見方もできますよ。

 これで隙間が塞がっていたら、建築家が建てるより、よいんじゃないですか?。

田端

 今日のまとめを一言で言うと、敷地というものに着目して街の建築をどう作るかを考え直してみようという提案です。そこで扱われる日本の敷地は小規模間口で長大奥行という特徴があるので、それを生かしたい。

 そう考えると、やはり最終的には和風デザインがいいのかなあという気もしますが、今日はあえてそれは言わないこととします。


■まとめ

鳴海

 まだまだご意見はたくさんあろうかと思いますが、場所を変えて話を続けていきたいと思います。

 最後に私の感想を付け加えます。実はヨーロッパでも今日のような議論が長いこと行われてきました。しかし、この議論については日本では田端さん以外はあまり関心を持たれてきませんでした。

 日本でそれをわかりやすく紹介されたのが陣内さんです。主にイタリアで議論されていたのですが、モフォロジーとティポロジー、つまり形態学と類型学を市街地建築のデザインの原点にしようという考え方がもともとあって、それが都市の文脈を作るという物語になっていくのです。しかし、そういう観点は日本人の建築家にはあまりにもありませんでした。

 ですから、建築ではなく都市計画を専門としている田端さんが物を言いたくなるということが基本にあると思うのです。

 ヨーロッパの建築家たちがそういう闘いをしているのに比べ、日本の建築家は闘いを避けて「おいしい建築」だけ作るという方向に行っているのではないかという状況に田端さんはずっと腹を立ててきたわけで、こういう視点はとても大事なことだと思います。

 日本は、世界の中で見ると、土地所有者が世界最大の数だそうです。4千万人ぐらいいるのではないでしょうか。つまり、国民の3人に1人は土地所有者です。土地所有者が自分の土地に家を建てようとすると、狭小な土地に細かい家がいっぱい建ってくるのは避けられない現実です。

 これは、日本だけでなく韓国や開放経済後のベトナムにもそういう傾向があって、土地利用の個人化がどんどん進んでいます。もっと昔に似たような例を探すと、華僑の人たちが東南アジアの各地で造ったチャイナタウンがあります。そこには狭い間口で奥行きの深い狭小敷地に建った建物が見られます。

 こういう現実に、建築家と言われる方々ももっと関心を持って欲しいというのが田端さんの願いです。若い人にもこういう見方があるということをぜひ学んで欲しいところです。

 台湾に行くと、共有壁で町家がつながっています。公壁といいます。だから高密と言っても、それぞれの国であり方が違います。それは土地の権利に対する考え方が違うから建物のあり方も違ってくるのです。日本人がタウンハウスやゼロロットが嫌いだとしたら、それをどう読み込んで建築にしていくかを考えていけないと思うのです。その辺を今後も議論していきたいと思います。

 田端さん、今日はどうもありがとうございました。

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