まちづくりの「まち医者」
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高井田・下関での仕事

 

■高井田〜住工混在地の問題に取り組む

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 今度は大阪の話です。東大阪市にある高井田という、町工場が集積しているまちの話です。大阪の中心部本町から中央線で10分ぐらいのところにあるまちで、大阪市との境に位置しています。

 ここの特徴は、日本で一番モノづくり工場の集積密度が高いエリアです。東大阪市自体が日本で一番工場の集積密度が高い市なのですが、その中でも高井田は最も高いエリアNひとつなので、工場集積密度は日本一と言っていいでしょう。

 ここにある高井田西小学校区と隣接小学校区の一部を活動の対象エリアとしたのですが、エリア内には約8000人が住んでいます。また、約6600人の工場の従業員が働いています。今は少し減っているでしょうが、僕がこの地域に入った時は800ぐらいの工場がありました。

 ここで問題となっていたのは、次のことです。

 写真に見える戸建て住宅群は元は大きな工場の敷地だったのですが、工場がなくなった途端に戸建て事業者が敷地を買い、細分化して住宅を売りました。それまでは周辺は工場ばかりだったので、道路ではいろんな作業車が走り回っていたのですが、住宅が出来た途端にそれができなくなり、騒音問題もあり住宅が建った時点で目の前の工場は閉めざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。

 また、住宅地の向こう側にあった工場では、後からトラブルになるのを避けるため住宅が建ち始めた時に「24時間操業工場」という看板を大きく掲げたのですが、住宅事業者が怒鳴り込んできて損害賠償を要求され、結局看板を撤去することになりました。

 住宅と工場の環境をめぐっては様々なトラブルが起きているのは後になってわかるのですが、あまり表に出ないのは双方共に知られると恥ずかしいという心情があったからのようです。このような問題が出てくるようになったのは、平成10年頃以降だと聞きました。それまでは工場が抜けることがあっても、すぐその後に別の工場が入るという循環のある土地柄でした。また、工場のオーナも多く同じ建物の2Fなどに住んでいてお互い様の関係がありました。しかし、平成10年ぐらいから景気の関係で、工場の跡地に専用住宅が建てられ、地域の文脈を知らない人たちが入居するようになっていろんなトラブルが起きるようになったのです。

 もともと大阪という土地は全国的に見ても町工場が多い地域で、昔から住宅と工場をめぐる環境の混在問題は取り沙汰されていました。東京でも大田区や板橋区などは同じ問題を抱えていました。この問題に対し、大阪東部集積(大阪市東部・東大阪・八尾のあたり)を抱える大阪府は、広く現状を分析した上で都市計画ツールが課題解決に役立てることはないかを考えていて、一緒にやらないかと声をかけていただいたのが始まりです。こうして、私はここに関わることになりました。

 この頃、工場はどんどん海外や郊外へ出ていっていましたから、もうこれ以上工場は増えないだろう、それなら住宅地に変えていったらいいんじゃないかということも言われていました。都市計画では工業地域に指定されているのですが、もう工場のニーズはないんだから住宅地にした方が人口も子どもの数も増えていいんじゃないかという話です。工場の人が住宅が増えると我々が仕事できないと市役所に相談に行っても「住宅業者の開発は合法だから問題ないです」と言われるだけで、混在問題で相談する窓口もない。

 もともと、都市計画法ができた高度成長時代の発想では、工場がどんどん増えていき、居住地域まで工場が入ってくるのをストップさせようとして、工業地域・住居地域を分けて住居地域から工場を排除しようとしたんです。じゃあ、なぜ工業地域に住宅が建てられるルールになっているのかと言うと、それは工場に勤める人が暮らすための住宅を認める発想だったのです。しかし、今問題になっている住宅は、工場とは関係のない人が住む住宅であり、法制定の時代では想定しなかった新しい問題が起きていたのです。

 高井田は、企業がここなら作れる、直せると全国から訪れるような優秀な工場がたくさん集積する地域です。そういう所で、生業と暮らしを両立する解決策はどういう方法があって、何が真の問題なのかをいろいろ調べる必要がありました。企業、不動産、建売事業者、類似都市、行政、研究者など様々な立場の方に現状をお聞きしました。また、工場の人や住んでいる人たちと協議会を立ち上げて現状や問題を話し合うことからはじめました。

 そこで明らかになった課題は、土地利用のあり方です。東大阪市は全国の工業都市の中でも先進地で、たくさんの産業政策を打っています。技術支援で最新の機械を導入し使えるようにするとか、販路開拓で海外に繋いでいくとか、金融支援などもいろいろありました。しかし、できる工場はそれらを民間サイドでやっている、本当に困っているのは自分の工場がいつ操業できなくなるかわからない脆弱な操業環境にあることでした。一方で高井田に工場を構えたい企業はウェィティングリストが数百社あるくらいニーズはある、また住宅業者よりも高いお金で土地を買っていることもわかりました。まだまだ都心部近接の工業地としてのポテンシャルは高いのです。

 困っているのは、投資して土地を買ったり機械を導入しても、隣の工場は明日閉鎖するかもしれない。そしてそこが住宅になった時には自分の工場も操業できなくなるかもしれない。そういうことがいつ起こるか分からない。本来はここは全国にも誇る工業地域だからどんどん投資したくても、隣の土地がどうなるか不安定な状況では自分の工場も10年、20年と続けられるか分からないというんです。計画通り操業でき投資の回収ができる保証がない。そのため、元気な企業ほど真剣に移転を考えていました。

 本来なら工業地域や商業地域は事業者が投資をするエリアなんです。そこで都市の活力を創造するのです。しかし、高井田ではその投資が躊躇されていて、本来のそのエリアの目的が実現できていない状況なのです。それが一番の問題でした。このように土地利用が本質の問題であれば、その解決には都市計画のツールは役に立つと確信しました。

 そこで、地域で土地利用のルールを考え、地域独自のルールを作ってこれを市や議会に認めてもらって法制度化しようという試みを始めることになりました。

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 しかし、ルールづくりの取り組みだけでは小難しいので、それと並行してモノづくりの達人たちのスピリットを次の世代の人たちに体感してもらって何かを引き継ぐことはできないかと考え、「モノづくり体験塾」を始めました。毎年高校生10〜20人ぐらいに参加してもらって、1対1で別々のモノづくりの達人を訪問し人生をヒアリング、発表するという活動です。今でも継続して協議会でやっています。

 インタビューととりまとめは「聞き書き」という手法を使っているのですが、その指導は聞き書きの大家である作家の塩野米松さんに協力をお願いしました。この方は、宮大工や林業など手仕事の職人の人生をインタビューして本にしている人です。塩野さんに毎年来ていただき、インタビューの仕方や聞き書きの方法を伝授してもらいました。高校生がまとめた聞き書きの作品は発表会で披露し本にまとめるのですが、そこでも講評をしてもらいました。

 しかし、高井田の人たちのインタビューに付き合ってみると、あまりにもその話が面白すぎて高校生に書かせるにはもったいないということで、とうとう塩野さん本人が工場を回り本にしてしまいました。文藝春秋から『ネジと人工衛星』というタイトルで出版されています。高井田のモノづくりの達人の生き様が生き生きと描かれています。すばらしい作品です。


■下関〜中心市街地のタウンマネージャー

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 今、私がお手伝いしているのは、山口県の下関市です。

 下関でには中心市街地活性化協議会という組織があって、駅前と唐戸という2大拠点とその周辺エリアを対象に活動されています。ただ、協議会設立から2年間休眠状態でなんとかしなければということで声をかけていただき、現在はタウンマネージャーとして関わっています。全体の方向性や組織の運営、各事業における事業者間の調整、次世代担い手の発掘、エリア間の魅力をどう高めていくかなどという仕事です。

 下関駅は数年前に火事で焼失してしまって、新しい駅ビルを建てる計画が進んでいました。それに合わせて駅前広場を広げようとか、既存の商業施設も増床するなど大きなプロジェクトです。にもかかわらず、各々の施設の主体が別々に動いていて、駅前というひとつのエリアを盛り上げる取組みや各開発をつなぐ動線の調整など何の動きもないことがヒアリングをして明らかになりました。

 そもそもプラットフォームがありませんでした。商業施設は自らのプラン、行政は基盤整備や国の制度適用、交通事業者は交通とそれぞれが自らのことを考えていて、お互い他者が何をやろうとしているのか知りたいけど全く情報が入ってこない。まずは相互に話ができるプラットフォームを作りましょうというところから始まりました。

 そこでお互いの情報を出しあって、どこが問題なのかとひとつひとつ課題を設定していきました。動線の問題でも歩行者と車動線の考え方から全体のサインや視認性をどうするかまで様々。オープンスペースをどう全体で生み出し運営していくかという問題もあります。そもそもエリアコンセプトをどう打ち出して、それぞれの役割分担の設定やどう広く伝えていくか。そういうことからみんなで話し合って決めていきました。

 その後おおまかな方向性が決まって、それに基づいてハードプランを修正し、それぞれが工事に入っている状況です。

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