それらは次のようなことである。
失ってはじめて真剣に考えることは色々あるが、 “住むところ”も現在そのひとつとなっている。
再建にあたって、 今後もそのマンションに住むか住まないか、 どこに移るのか、 あらためて自分がなぜそこに住んでいたのか、 考えただろう。
日常ではすっかり忘れていることに気付いた。
再建するために絶対必要な“全員合意”。
そのために「反対者の対応」、 「抵当権・資金といった財産の問題」、 「転出先の問題」、 「公費・補助金といった援助」をクリアする。
一人では住めないことに気付く。
多くの他の人の協力があって、 そこに住んでいるし、 これからもそうだ。
コミュニケーションをとって、 お互いの意志の疎通をスムーズに行える環境をつくるのに相当の努力がいる。
役員会や総会に多くのエネルギーが必要なことに気付いた。
自分の都合がよいだけではいけない。
一緒に生活する他の人のことをあれこれ考える必要がある。
例えば一戸建てであったらどこまで考えるだろうか。
路地の奥に接道不良のため既存不適格の建築があるとその人のことを考えて建てなければならない。
おおよそ街区内であれば、 道を挟んだ人達であれば、 同じ通りの人達であれば、 一緒に考えるべきだ。
私的干渉が及ぶ“まとまり”がまちづくりの中では重要である。
住むところとしてのマンション。
自分の意志がマンションからまちに影響を及ぼす。
一人の反対者によって、 いとも簡単に失敗する。
他の人と一緒に住んでいる。
このような共通の認識が背景となって、 そのために、 コミュニケーションを図るのに多くの時間を費やす、 みんなの意見をまとめるために役員をやる、 妥協することもある、 一人一人がやらなければならないことが明確になった。