コンテキスト論と環境デザイン
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3 メッセージとしての表現

改行マーク全然日本を理解しない人にたとえば「心のけじめ」と言っても分からないわけで、 そんな中でメッセージとして表現するにはどうしたらよいのか。

また、 バリでよそから来た人達がバリの文化を理解できなくて、 全く違う環境をつくっていくことをどうしたらよいのか。

ここではそういった問題について考えていきたいと思います。


1)ナラティブ・アーキテクチャー

画像na42 改行マーク図36は奈良で見かけた風景ですが、 こういう不思議な空間が日本のあちこちにあります。

画像na43 改行マーク図37はポルトガルのリスボンの街角のものですが、 最も分かりやすいメッセージの例です。

昔こういうことがあったということを陶板にして張ってあり、 直接的なメッセージです。

奈良の例はなかなか分からないんですが、 これはよそから来た人にもよく分かるメッセージです。

サイト−ジェームズ・ワインズ

改行マークサイトというグループが数年前に博覧会用の造形を作ったことはご存じのことだと思います。

この中のジェームズ・ワインズは、 それを「ナラティブ・アーキテクチャー」として、 次のように説明しています。

  

 「建築界ではいまだにモダニズムに広く影響されており、 ヴォリューム/構造/空間操作というかって形態至上主義者だけが熱中したような鍛練によって作品をつくり出そうとすることに執着している。

(中略)残念ながら、 このような建築に対する狭い考え方では、 20世紀以前の歴史的建造物に見られる象徴的/神秘的/隠喩的/引喩的/形而上学的世界のもつ豊饒さを理解することはできない。

(中略)多様で秩序の見えない複合性の強い現代社会において、 適切な言語を用いて建築に物語性をつくり出すにはどのようにしたらよいかということである。」

〈ジェームズ・ワインズ〉

 

改行マーク「ナラティブ」の「ナラ」はナレーションの「ナレ」と同じ意味で、 訳せば「しゃべる建築」ということになります。

ボリュームや構造、 空間操作だけではもの足りない、 それだけでは豊饒、 豊かさがないというのがジェームズ・ワインズの考え方です。

ナラティブ・アーキテクチャーの特徴

改行マークワインズは、 ナラティブ・アーキテクチャーを次のようにイメージしています。

  

  • 固定した特別な図像をよりどころにするのではなく、 むしろ、 ユングのいう「うつろいやすく一時的で、 進化してゆくシンボリズム」のもつ形を暗示したり、 利用するような建築
  • 個人的であるだけではなく、 社会に共通した神話や昔話にもとづく建築
  • 社会的または政治的抗議としての形を内包した建築
  • 社会的な儀式的要因を高めるための建築
  • 建築の進化(あるいは成長過程)最終メッセージとして表明する建築
  • 建築それ自体を情報として捉えるような、 あるいはまた、 芸術の「主題的素材」として利用してしまうような建築
  • 映画や小説のような他の芸術形態からのイメージや機構を引用した建築
  • 都市景観における刺激性の高い媒体として位置づけられる建築、 または建築評論としての建築
  • マスメディアによって導かれるアイデアやイメージにもとづいてつくられた建築
 

改行マークつまり、 単にボリュームや空間の構成がかっこいいということではなくて、 意味を持つためにどういうことが可能かを述べているわけです。

実際に彼らがどういうものを作ったかを見ていきます。

サイトの作品

画像na44 改行マークあたかも崩れかけたような建物をわざとつくった「崩壊のファサード」と名付けられた建物(図38)は、 建築の成長と崩壊の過程をメッセージとして表わしています。

彼らがどうしてこういうものをつくるかについて、 ワインズがこう述べたことがあります。

「日本では同じ文化の中だから柔らかいメッセージでもいいけど、 アメリカには共通して理解できる環境言語が見つからないからこういうきつい表現をあえてやったのだ」。

 

改行マーク「幽霊駐車場」という作品は実際にも駐車場として使われているところに駐車している車をかたどったアートを置いたものです。

動かない車をわざわざ置いてどういうメッセージを発しているかは見る人によっても違いますが、 強いものを感じます。

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改行マーク図39の「ハイウェイ86」はカナダで行われた万博のメインゲートです。

うねる高速道路を作って、 そこに実際の交通機関をおいて白で塗った作品です。

 

改行マークこれを見ると、 すさまじい運動エネルギーが我われのすぐ横を日々通り過ぎていることが実感できるわけです。

 

改行マーク写真では小さくてわかりにくいのですが、 スニーカーまで張り付けています。

 

改行マークジェームズ・ワインズはそのデザインの狙いを「古典的な形・機能・シンボルとしての建築を人間の内的対話としての建築として取り戻したいから、 そのために意味を持った豊かさを作っていかなければならない」と説明しました。

それについてみなさんがどう評価するか分かりませんが、 こういう狙いを今の都市化した社会あるいはアメリカ的つまり多文化的な地域で行っていくと、 非常に表現過剰になり街が饒舌になってしまいます。

必ずしもこうした狙いばかりがいいとも言えない状況になってしまいます。

しかし、 これは非常に重要な問題提起だと思います。


2)安易なメッセージ

サワリの景観

改行マーク今挙げたサイトのようなデザイナーが深く考えてやったものと、 先ほど例に挙げたオレンジ型のジューススタンドの間に、 もうひとつ、 どちらかというと安易なメッセージを発しているものに「サワリの景観」があります。

 

改行マーク歌に「サワリ」の部分があるように景観にも「サワリ」があるんですね。

ヨーロッパでは古代ギリシア建築が「サワリ」の景観ですし、 日本では城下町の白壁が「サワリ」になるでしょう。

それをまるごと作るとテーマパークになるわけですが、 それについてどう見ていけばいいのかをベルクは次のように述べています。

  

 システムの運転を制御するテクノクラートによるハードな都市と、 弱い思想に基づく建築のたわいなく取るに足りない遊戯に耽るソフトな都市の乖離。

〈ベルク〉

 

改行マークかなりきつい表現をしています。

中川理さんは「ディズニーランドゼイション」と呼んでいます。

いずれにしても我われが理解しやすいメッセージで「サワリの景観」を見せています。

画像na52 改行マーク図40の出石市には城下町としての「サワリ」があります。

歌謡曲の「サワリ」に類する風情です。

画像na53 改行マーク図41のように、 ヨーロッパの中世都市のような景観を造形的に造って、 形としておいしそうに見せることもできます。

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改行マーク図42〜44はハウステンボスです。

改行マークハウステンボスは「サワリ」をまるごとつくってテーマパークを作ったと理解すればいいと思います。

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改行マーク図46〜51は横浜・大倉山の商店街です。

住民の合意でギリシア風のデザインモチーフを使って建て替えや改修をして商店街の個性を出そうとしました。

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改行マーク図48、49のようなデザインモチーフはレストランだったら合うのですが、 そば屋とか八百屋、 お好み焼ですとどうにも合わなくて困ってしまいます。

画像na63 改行マーク図50はこの商店街がデザイン要素とした建物で、 大倉山記念館です。

つまりこれを「サワリ」として使ったわけです。

画像na64 改行マーク図51はその建物の内部です。

画像na65 改行マーク図52は横浜のラーメン横丁です。

今までの話の脈絡とはずれるかもしれませんが、 ここでは映画の書き割り風な景観を作っています。

ある時代の状況をそのままつくり込もうとしたら、 建物の中にも作ってしまえるという例です。

画像na66 改行マーク図53のようにまるでどこかの歩道橋の上から見ているような街の光景ですが、 それを建物の中に作っているのです。

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改行マーク図54〜56をよく見ると、 この景観の変な様子に気がつくのですが、 ちょっと見には分かりません。

時間が止まった街です。

画像na70 改行マーク図57の古そうな張り紙も、 毎週張り替えていたらスゴイと思うんですが。

画像na71 改行マーク図58の路地をよく見ると奥にガードマンが立っているのが分かります。

こういう風に書き割り的に作っていくのは、 「サワリ」の利用ではないけれど、 テーマパークのひとつの変形だと言えるでしょう。

このラーメン横丁もテーマパークも意味的には一緒ですが、 こういうのは私は饒舌なメッセージだと考えます。

これらはそういう遊び場ですからそれでもいいんですが、 こういう過剰なメッセージを普通の街に作ってしまうのは、 考えなければならないと思います。


3)新たな視点の可能性

改行マークいろいろ話をしてきましたが、 言いたいことを簡単に言えば、 環境をデザインをする場合、 形やボリュームに基礎をおく美学だけでは、 豊饒さをもった環境、 あるいは深みのある環境ができないのではないか、 ということです。

そこで、 イメージとか、 言葉による表現を経由して、 デザインをする方法が浮び上がってきます。

 

改行マークその手掛かりの一つが、 「天−地−人」にあるように思います。

ここには、 「ある現象を言葉で説明して、 伝達し、 理解、 再表現する」というプロセスがあります。

つまり、 現象から物語を読んでそれを形に織り上げていくということです。

それが私達にできれば、 もうちょっと深みのある景観ができるのではないかと思うのです。


4)プランナーとデザイナーの協働の試み

改行マーク〈言葉で議論しながら、 デザインを進めていく〉ことを、 私自身が幾つかの例で実践した例があります。

私がいろんな建築家やその仲間の人びとと一緒に試みてみたことがいくつかあるのですが、 それを紹介したいと思います。

地域への調和について

改行マーク普通、 あるものをつくるとき「地域に調和する」と言いますが、 歴史的な地区や風土性が強い地域であれば、 地域から建築を作り上げていくヒントを得ることができます。

しかし、 新しい開発地やあまり学び取るものがない地域の場合、 異なったアプローチをとらなければなりません。

 

改行マークそういう場合、 「地域に調和する」とは、 その地域が将来「こうありたい」あるいは「こうあるべき」ということを理解する景観づくりへの最初の参加だと思います。

そういうことをテーマとして、 いくつかのプロジェクトで試してみました。

Aプロジェクト

画像na72 改行マーク図59はダイキンの社宅で、 設計は中島龍彦さんです。

表側は文化ホールが建つことになっていますので、 住宅ではあるけれど文化ホールと向き合うレベルのファサードを作ることをテーマとして設定しました。

改行マーク我われのプランニンググループは言葉で考えるわけですが、 それをデザイナーが形としてどう翻訳したかというひとつの例です。

画像na73 改行マークここは洪水の常襲地帯でもあったので、 宅地の回りには「カマエボリ」−遊水機能を持つ空堀を作りました(図60)。

雨が降ると水浸しですが、 普段は空堀になっています。

Bプロジェクト

改行マーク設計は丹田悦雄さんです。

テーマは「中・低層の町並みに調和する」ことです。

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改行マーク町家における「ミセ空間」や表長屋に見られる「ニワ空間」を集合住宅の中に作り上げられるかどうかを試してみました(図61〜63)。

複雑な形をしながら、 それぞれが「ニワ」を持てる仕組みを追求したわけです。

Cプロジェクト

改行マーク設計は喜多隼紀さんです。

非常に長い敷地で長さ43mもあり、 表面・背面とも道路に接しています。

裏表が作れない条件で、 この場所をどうしようと話しているうちに「トオリニワ」という発想が出てきました。

町家のトオリニワとは違うんですが、 それが言葉として出てきて設計に結びつきました。

画像na77 改行マーク図64は全景です。

改行マーク単身者の寮ですから外から見える通路を下着姿一枚でウロウロしている可能性もあるんですが、 そういう居住者の生活を垣間見させる空間も面白いんじゃないかという発想です。

トオリニワは朝夕、 子供達や通勤の人達も通れるところです。

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改行マーク図65はトオリニワを上から見たところです。

図66は全体を写したものです。

Dプロジェクト

改行マークダイキンの独身寮で、 喜多隼紀さんの設計です。

ここは区画整理でつくられた地域で回りにはまだ空き地がたくさんあるのですが、 将来マンションが建ち並ぶ可能性もあるので「地区の景観をリードしていく低層の住宅町並みの形成」をテーマにしました。

 

改行マークそこで10人を一家族として、 三つの家を中庭をはさんでつくるという発想になりました。

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改行マークただ、 こういう地域は車社会ですので車が必要になりますが、 寮は駐車スペースが普通の住居の3倍ぐらいの比率になってしまいます。

住居空間に対して駐車場のスペースが非常に大きい、 奇妙な空間になってしまうので、 それをどうするかは大きな課題になりました。

結局、 広すぎない程度の駐車場を周囲にとり、 残りは中庭に配して外からは見えないように工夫しました(図67、68)。

Eプロジェクト

改行マーク難波のOCATにある地下道です。

基本イメージは「二つの世界をつなぐ」で、 「注視されるものがもたらす移行のプロセス」等をデザインイメージとしました。

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改行マークこのプロジェクトの場合、 最初は文章とイメージを作りました。

「時の流れ」と「光」「多様な色彩」等。

それを理解していただいて設計につなげるという作業を経ました(図69)。

画像na82 改行マーク図70はその結果、 出来た地下道です。

画像na83 改行マーク図71が「注視されるもの」で、 知らない人は知らないんですが、 ゆっくり歩く人は「発見」するものがあります。

画像na84 改行マークこれらの小品群(図72)は、 若い作家の人達に一人当たり10個ぐらいのガラス作品をつくってもらい、 はめこんでいったものです。

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