200字まで縮めると難しいという感じがしています。 私自身、 学生に1枚の絵を描かせるときには、 必ず作品の計画書のような用紙を作らせます。 上にスケッチを描く欄がありまして、 下に、 まだ作品もできあがっていないんですけれども、 仮のタイトル、 想定する大きさ、 使う素材、 それとコメント、 コメントが思い浮かばないときには、 思いついたキーワードを列挙するだけでもいいということで、 やらせているわけです。 これは、 作品の記録という意味ではなくて、 何となく曖昧模糊としたイメージをはっきりさせるための手段です。 教師に見せて報告するものではなく、 自分自身のイメージを膨らませる手段としてやってもらっているんです。 そして、 作品ができたあとにもう一回、 シートという形で写真を貼って、 もう一度コメントを書き直してもらうわけです。 最初の発想と言葉と最後できあがったあとに、 どれだけずれがでているか、 その辺を確かめるためにさせているわけです。 そういう点で、 こういうまちづくりとか、 景観のプロジェクトにおいて、 一つの言葉、 キーワードが作る一つの方法として重要だという感じがします。
コンとつくのは、 共にという意味でとおっしゃっていましたけれども、 日本語でも“コン”という語感として、 根本(コンポン)だとか、 根性(コンジョウ)などの言葉がありますけれども、 “コン”をつければ何となく大切なものなのかなあという感じもします。
この前、 学研都市で、 京阪奈プラザの北側で、 私の友人の美術家が未利用地で土を盛り上げた100m×50mぐらいの敷地に、 「荒野のモンドリアン」というタイトルで個展を開いたんです。 モンドリアンというのは、 赤、 青、 黄色、 黒、 白地などの中で、 形を分割、 分節した抽象画です。 それにならった感じで、 床にコンクリートを流し込んで、 そこにペンキを塗って色分けする、 そういう空間を作ったんです。 京阪奈プラザの上の建物からみますと、 全体像が見えます。 しかしその場所に行ってみると、 中には色の付いた卓球台やベンチが置いてあるのですが、 そこに「周辺の新しい開発地の学研都市の様子なんかを見ながら未来都市について考える」という趣旨の言葉が書いてあったのです。 そういうふうに、 言葉で先に規定してしまうのではなく、 参加者といいますか、 市民がその考え方に参加できる余地をもう少し残しておく方がいいのじゃないかと思います。 言葉によってうまく導入するのはいいけれども、 言い切ってしまうというのは、 逆にできあがったシェイプをおもしろくなくしてしまうというようなことになるのではないかという感じがします。
アートとパブリックメッセージ
今井祝雄
僕は、 今日は「都市環境のデザインとパブリックメッセージ」というタイトルにひかれてまいったわけですけれども、 これは僕自身パブリックアートというアートの視点から都市に関わるということをやっておりますので、 アートとパブリックメッセージというふうに読みかえた形で、 聞いていたわけです。
私の200字戦略
まず、 最初に、 一つのいろんな事例を言葉でもって表現する、 200字戦略とおっしゃっていたんですが、 僕は実は400字でやっています。
“コン”のつく言葉について
ちょっと余談になりますけれども、 コンテキストということでしたが、 よくいわれます作品のコンセプトですとか、 アートでもコンセプシャルアートというものがあります。
言いきらない言葉
最後に、 僕は、 言葉をあまり言い切ってしまうとダメかなあという気がします。
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