山田脩二氏講演
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瓦について

 私は瓦師としては新前ですから、 先輩が多い従来の屋根瓦は遠慮して、 地べたに降りて敷瓦から始めました。 建築家にも悪態をついていますが、 そのわりにはいろいろな人が使ってくれました。 また景観素材なんて言葉も出来てきた時代でしたので、 素材としての評価もしてもらったと思います。

 ところで、 瓦の話をする時に是非、 強調しておきたいことがあります。 瓦と言うとすぐ千数百年の伝統という話が出るのですが、 そういう伝統的な瓦は社寺建築にしか使われていなかった。 数寄屋建築にも一部伝統的なものが使われていましたが、 私は本葺瓦と言えども江戸期に大きく変わったと思っています。

 一般の住まいに使われるようになったのは、 本格的には明治以降です。 その頃でも瓦はまだ贅沢品でした。 言うまでもなく手工業によるものでした。

 更に大きく変わったのは戦後、 それも昭和30年代、 JIS規格なんてものが幅をきかせるようになってからです。

 今、 瓦業界の人たちは、 自分たちの粘土瓦が「ハウスメーカーが作るものよりは良いんだ、 スレートよりは良いんだ、 素材感があるじゃないか」と言っています。

 でも、 業界の人たちはこのスレートと競争しようとしている。 データを出して、 柔らかいか堅いか、 透水率がどうのこうのなんてJIS規格の世界に飲み込まれてしまっているのです。

 私はよくゼネコンと気軽に喧嘩をします。 データを出せなんて言われます。 ゼネコンの人達は「私たちは社会的な責任を負って公共建築や大きな建築をやっているのですから、 山田さんの瓦でも他の瓦と同様に品質は厳しくチェックさせていただかないといけません」と言います。 「バカモン。 おまえらの社会的責任がなんだ」と言ってしまう。 「そう言われても、 同じ品質のものが安くあったら、 山田さんのものは使わないですからね」なんて言うので、 「大いに使うな」と言ってます。

 最近ゼネコンとか大手の設計事務所も、 地方の景観に貢献するみたいなことを言うわけですが、 これも怪しい。 「余計なことを言うな。 そんなことを言う前に、 ちゃんと素材のことを勉強しろ」ということです。

 住・都公団なんかもそうです。 全国いたるところに似たり寄ったりの団地を計画しておいて、 地域の文化なんてことを言っているわけですが、 戦後彼らが作ってきた公団アパート、 あれが文化ですか。 住・都公団の関連の講演で「あんなものを作っておいて文化とはなんだ。 ちゃんと反省してから言え。 すみませんと言ってから計画しろ」と言ったら、 呼んでくれた住・都公団のエライさんが怒っちゃったことがあります。 大人げないことに、 すぐ喧嘩をしてしまいます。

 最近、 こういった大手を含め、 あるいはお役所もふくめ、 地方性を大事にするということは言ってくれるのですが、 地場産業を大事にするということの本当の意味を考えてほしいものです。

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