マルケ州北部フロンティノ付近の風景 |
このような、 広大な風景を造り出している要因の一つとして、 視界をさえぎるような大きな樹木が少ないことに気が付く。 また、 地形なりに耕された牧草地や畑の、 小石混じりの乾燥した土壌を見ると、 エロージョンが懸念される。 事実急な傾斜地では、 回復困難なほどの土砂の流失の結果、 白い岩肌が露出しているところもあり、 農業による土地への過負荷が想像される。
このような状況を造り出している背景に農業構造の問題があると、 P。 チンチルラは指摘している。 1950年代の世界経済の変化の中で、 イタリアは経済成長期を迎え、 イタリア経済は、 小作制度による農業から工業へとその中心を移した。 そうした変化の中で、 それまで農業を支えてきた小作制度は10年くらいの間に姿を消した。 農業人口の減少と、 機械化、 大規模化という変化は、 それまで土地条件に合わせて、 小規模に多様な作物を作ってきた農業のあり方を大きく変えてしまった。 自給的農業から商業的農業への転換は、 地形条件を無視してトラクターで耕転する、 大規模な農地を生み出した。
また農地の拡大は、 森林の減少を招き、 もはやこの地方が10〜11世紀には木材の生産地であったという面影はない。
自然保護という面においても、 農業の問題は重要な問題である。 1985年に自然保護に関する新たな法律(ガラッソ法)ができたが、 保護区域の設定に関して地権者の抵抗があると言われる。 農地と自然地がモザイク状に入り組むこの地方では、 特に線引きが難しいという。
いずれにせよ、 この地方の風景の問題の「キー」は農業であるが、 イタリア農業のECにおける競争力は決して高くない。 農業国フランスと比して、 食料の自給率、 農地面積、 農業人口あたりの農地面積においてかなり下回る。
P。 スパーダは、 農業と自然環境のバランスが重要なポイントであり、 大規模な土地改変をともなう形態から、 この地方の変化に富んだ土地条件を生かした伝統的農業のあり方を再評価すべきであると示唆している。 このような視点の変換は、 農作物をグローバルな商品から、 再び地場の食物という位置へと引き戻し、 地域の特性に密着した新たな「豊かさ」を生み出す鍵となるかも知れない。
こうした問題は、 我国も無関係ではない。 林業の衰退や、 伝統的農業の消滅が自然環境に大きな影響をもたらしている。
これからは、 産業の問題としてだけではなく、 自然環境、 食物の安全性といった視点から、 農業のあり方を見直すことが求められる。