the Urban Enviornment Design Seminar, Melcatello
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

イタリアの生活
築500年の家を修復して住む

メルカテルロ・井口邸の場合

(株)ジイケイ設計大阪事務所

森重 和久

 

改行マーク1995年の正月、 井口さんから「今年はMercatelloの我が家が一部完成します。 」とスケッチ入りの年賀状をいただいた。 場所もわからないまま「家を建てておられるのですか?」と尋ねたところ、 「梁が折れているので大変だ。 実測図面を作らないといけないし、 手伝ってよ」と言われ、 「僕のできることならやりますよ」と簡単に答えていた。 そのうち場所がイタリアだとわかり大変なことを受けてしまったと思った。 後日気の合うJUDI仲間と話をしているうちに、 4〜5人で修復に行こうとなったのが、 今回の計画の始まりであった。 その後、 行くのであればトリュフの食べられる時期がいいのではとか、 折角なら現地の人とも交流もとか、 当初と目的が違う意味合いでも広がり、 初志と違う人々も参加する国際セミナーという企画が出来上がった。

改行マークとにかく出発し、 ローマ経由で現地入りする本隊とミラノで分かれた我々先遣隊は、 途中のサン・セポルクロ郊外でベッドやテーブルを買い込み、 九十九折りの山道を東に進んでアペニン山脈を越え、 目的地のメルカテルロ、 築500年の井口邸へ到着したのである。

画像s14
図1 メルカテルロ・スル・メタウロのチェントロ・ストリコ
改行マークまず、 井口邸は城壁都市のほぼ中心部に位置(図1)し、 日本流で表すと組積造3階建である。 しかし、 構造壁は隅や端部は石や煉瓦を規則正しく積んだもの(石は日本の城壁と同様で、 間知石を垂直に積んだ感じ)であり、 そのほかの大部分は自然石と煉瓦を混用して天然モルタルで固めて積み上げたものである。 開口部は、 玄関だけは煉瓦でアーチ状に組み上げられており、 その他は木製のまぐさで構成されている。

画像s15 画像s16 画像s17
図2 修復前の家屋の実測図―3階平面図 図2 修復前の家屋の実測図―2階平面図 図2 修復前の家屋の実測図―1階平面図
 
改行マーク次に修復前の平面(図2)を見ると大小あわせて23室と屋根裏部屋1室で3つの暖炉と煙突がついている。 ここで不思議に思うのは、 1、 2階は同平面であるが3階の一部は隣接持主のものとなっていることである。 日本の集合住宅でも時々見かけるが、 構造体は共用で触ることの出来ないのが普通である。 しかし、 井口邸の修復では構造体は見事に溝斫り(幅1m、 深さ30cm)がなされ設備配管が埋設されている。

改行マークまた、 梁は木製でまるで電信柱を梁材とした感じである。 隅部屋の梁は外壁に沿わせてあり、 内側の壁や梁と緊結されて建物全体の剛性を保つ引張材として組構造の壁を支えている。

改行マーク床は、 梁の上に垂木を34cm間隔に架け、 その上に構造用煉瓦(170×340×45mm)を並べてその上にモルタルを流し、 化粧煉瓦を敷いて仕上げられている。 修復の終わった所を階下から見上げると、 一層の煉瓦で仕上がっているように見える。 その煉瓦や梁をはずして修復するのだから、 構造は一体何によって支えられているのかわからない状態である。

改行マークこうした建築のありようは、 歴史的な都市を再生させることに努めているイタリアの伝統と文化も一因であるが、 そのための職人が養成されていること、 自分たちが育ったまちを愛し地域にある素材を利用あるいは再利用するのが気候ともあった一番長持ちするやり方であると信じていることも大きい。 環境や自然を破壊しないことで自分たちの生活を守るという信念のようなものを自然に身につけて住み続けている住民に、 ある種の凄さを感じた。

画像s18
写真1 未修復の倉庫部屋
画像s19
写真2 修復された玄関ホール
改行マーク今回の旅行の目的である修復に何か一つでも参加するということで、 到着翌日、 先遣隊は1階の荒れたままの一室の掃除をすることにした。 これがなかなか大変で、 まず掃除の道具が無い。 近所で道路工事をしているところに行って身振り手振りでスコップを借り、 作業に取りかかったのだが、 2階、 3階を修復した際に1階の床に降り積もった天然モルタル(後で判った)が、 スコップで動かす度にすざまじい埃になって舞い上がる始末である。 これでは大変だとモルタルの埃とは知らずに打ち水をしたのだが、 今度は床の構造煉瓦にくっついて固まり始めるやら、 身体中モルタルだらけで手はベトベト、 体は汗でカチカチの状態となった。 やっとの思いで一応床の構造煉瓦が見える状態まで掃除を終えた。 直後に風呂に入ったのだが、 配水管がつまるのではないかと心配になるほどであった。

改行マークその日は翌日のセミナーの準備と夕方到着する本隊の宿泊先の手配などに忙しく、 一階の部屋は床が見えるだけのままで隣町のホテルに移動した。 セミナーの公式行事が終了したあとメルカテルロを離れたため掃除に取りかかった部屋のことが気に掛かっていたが、 帰国の際に集合したミラノで、 メルカテルロに残留したメンバーが旅行の目的を果たすべく床ブロックを一枚一枚剥がして掃除をしたと聞き、 我々以上の大変な思いであったろうと推測した。 また別のチームは近隣住民から鎌や鍬なども貸していただき、 中庭の草抜きと整地もして見違えるように綺麗になったと後日掃除後の写真を見せられたときは感激であった。

改行マークこの様にして築500年の家に住み続けるのは大変な事ではあろうが、 私の周りで今日も壊されていく日本の住宅の様子を見ると、 何だか空しい気持ちがこみ上げてくる。

改行マークこの旅行ではメルカテルロのまちの人々の親切や暖かさを十分に感じることが出来た。 それにもまして、 井口邸から宿に帰る途中の真っ暗な夜道で見かけた動物の光る目、 そして井口邸の暖炉の前で食べた奥さんの作られたおにぎりが良い思い出となった。

改行マーク井口夫妻に、 心からありがとうございました。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見は前田裕資

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ

学芸出版社ホームページへ