ありがとうございました。 それでもなお少し疑問が残ります。 一番根本的な点は、 永続性ということで考えると、 こういう住宅地では、 今後の長いタイムスパンの中では色々なことがあるだろうと思いますが、 今、 こういうやりかたでスタートするのが良いのかなという疑問があるわけです。 ようするに、 今、 そういう残っていくものを作ることが、 新たな管理の対象を生んでしまうということに繋がっていくのではないかということです。
江川さんもおっしゃっていたような、 ここでは何をやってもいいんだよという一つのきっかけとして、 この問題を考えてみたいということがあるわけです。 ようするに、 管理の対象からはずれたものをどのくらい拡大していけるのかという、 一つのあり方としてです。
これは、 パブリックアートという話とは全然違うレベルのもののになってしまいますが、 人間の生活を表出していくものを、 まちの中に導出していく一つのシステムとして、 考えていくことが大事ではないかという感じがぼくはしているのです。 その辺いかがでしょうか。
橋本:
おっしゃる主旨は、 大賛成です。 あまり特殊解というふうには捉えたくはないと思っています。 とはいっても南芦屋浜の場合には、 お住まいになる方の背景、 シュチュエーション、 特に高齢者が半数以上をしめるという中で、 団地のスタートの時の環境条件を、 どういうところからはじめるのかということがとても大事な問題だということが、 このプロジェクトの大きな目的なのです。
例えば、 普通の市街地の再開発や、 比較的環境に恵まれたニュータウン的なところにおいてなら、 おっしゃったような発想でもって行われて欲しいし、 また、 行う機会を我々自身も求めたいと思います。 でも、 この場所は、 極端な言い方をすれば見捨てられた土地、 そういうところなのです。 そういうようなところで、 ご自由にといわれて、 自由にやる意欲がわいてくるでしょうか。 むしろ、 どれだけスタートの時点で、 気持ちとつながる環境を作るかということが大事であると思っております。
もう一つは、 それぞれの作品がすべて建築と一体になっていて、 ぎらぎらしていないのです。 アートと分からないくらいです。 いってみれば、 地味な、 目立たない、 そういうものなのです。 素材においても、 あらゆる面において、 静かなものです。 それを見ていて、 ひょっとしたら、 先ほどのコミュニティテラスなど、 住民の方に使ってもらえるスペースの中で、 私たちもこういうことをやってみようとか、 こういうグループでこういうことをしてみようかということが、 次のステージで生まれてくるのではないかと希望的に感じてます。
上野:
ありがとうございました。 私は現物を見ていないので、 あくまで一般論として、 戦略論としてどうなのかということを疑問に感じたのです。 住まわれる方に非常に愛されているのであれば、 こういう問題をあえていう必要もないのですが、 こういう問題に取り組む際の基本戦略として、 どうなのかという問題提起をしたかったわけです。
新たな管理対象を
生んでしまうのではないか
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