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現在の尾道
 ところが、 日本鋼管が隣の福山市に進出してくる昭和40年代になって尾道と福山の立場は逆転してしまいますが、 その原因の大きなものは、 交通体系の変革によるものと思っています。 現在60〜70代の年配の人の青春時代には、 流行の洋服を買うと言えば尾道に来ていましたが、 今の若い人は福山に行ってしまいます。
ところが、 日本鋼管が隣の福山市に進出してくる昭和40年代になって尾道と福山の立場は逆転してしまいますが、 その原因の大きなものは、 交通体系の変革によるものと思っています。 現在60〜70代の年配の人の青春時代には、 流行の洋服を買うと言えば尾道に来ていましたが、 今の若い人は福山に行ってしまいます。 商店街そのものも、 伝統の商法もあり、 その町と比べるとまだマシだとは言われますが、 やはり苦境にあるのも事実です。 店舗兼用住宅から店舗のみを残して、 郊外に住居を構えるドーナツ化も始まっており、 現在では年寄り夫婦のみが店舗の2階に住んで、 階下の店舗を他に貸す話もよく聞きます。
商店街そのものも、 伝統の商法もあり、 その町と比べるとまだマシだとは言われますが、 やはり苦境にあるのも事実です。 店舗兼用住宅から店舗のみを残して、 郊外に住居を構えるドーナツ化も始まっており、 現在では年寄り夫婦のみが店舗の2階に住んで、 階下の店舗を他に貸す話もよく聞きます。 ですから、 今後の尾道の再生案は、 中世以来培ってきた伝統の商業形態の確実な変革から、 むしろ、 一地方都市の認識から出発して、 伝統を学ぶまちづくりが必要ではないかと考えております。
ですから、 今後の尾道の再生案は、 中世以来培ってきた伝統の商業形態の確実な変革から、 むしろ、 一地方都市の認識から出発して、 伝統を学ぶまちづくりが必要ではないかと考えております。
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