都市案内の研究
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4.「更新」をめぐる論点

中国での経験から

改行マーク次に、 情報の「更新」という点について考えてみたいと思います。

改行マーク先週まで学生達と中国にフィールドワークに出かけていました。 河北省の奥地に雑技団の人たちばかりが住む集落を訪ねたのですが、 非常に辺鄙なところで行くのに往生しました。

改行マーク今の中国では恐ろしいことに、 一年前まで何もなかったところにいきなり高速道路が出来たりしています。 去年はバスで5時間ぐらいかかったところが、 今年は2時間半ぐらい、 来年はもっと短縮できるだろうということです。 ところで今回、 現地のコーディネーターが行く先々で道に迷うのです。 何回もバスを止めてそのへんのおじさんに聞いたりしている。 ある先生が「地図ぐらい持ってガイドしろ」とクレームをつけると、 コーディネーターは「もちろん最新の地図はある。 何回もこの道も走っている。 でも地図と道が合わないし、 この前来た時とも様子が違う」と答えるのです。 あまりに市街地と道路網の拡張のスピードが速すぎて、 地図はもちろん交通標識さえ間に合わなくて、 まるで役立たなくなっていたのです。

改行マークつまり、 情報を伝えることを断念した社会がそこにはありました。 結局は携帯電話で問い合わせながらたどり着くという体験をしたわけですが、 まさに「世の中変わっているんだな」とひしひしと感じた体験でした。 そこでは段階的あるいは仮設的な案内という概念がない。 それを日本の生活空間に重ね合わせると面白かろうと思いました。


あるミュージアムの事例

改行マーク別の事例を紹介します。 民族学博物館の栗田靖之先生に教えていただいた例です。

改行マークオランダのあるミュージアムの話ですが、 親子連れでそこへ行くと、 まず子供達だけを集めて学芸員が博物館を案内します。 その間親たちは別室で待っています。 子供達が見終わると、 今度は子供が親を案内して回るシステムになっているそうです。 とても面白いやり方だと思いました。 親が子供に教わるという状況を強引に作り上げることで、 普段の親子関係が相対化され、 親子のコミュニケーションを図る機会にもなるわけです。 日本の博物館では、 子供が館内を勝手に走り回って親は喫茶店で待っていることになりがちですが、 このオランダの事例は2段階の案内の仕組みを博物館に取り入れたことで面白くなりました。

改行マークそこで発生する問題は、 学芸員→子供→親と情報を伝えるうちに情報が微妙に異なっていくことです。 子供達が説明を間違って理解するかもしれないし、 それを聞いた親はさらに誤って理解するかもしれない。 そういう誤解や誤読を含みつつも、 案内というシステムで情報が伝わっていくことは何かを考えされてくれます。 それは、 情報の「更新」と近いのではなかろうか。 誤解を含みつつも情報は自ずから更新されていくわけで、 受け手によって同じ展示や、 同じ史実を見ても違う印象を受けたり、 違う情報を重視する状況になることが面白いと思います。


「地球の歩き方」の情報更新

改行マーク同じように情報の「更新」という点で興味深い例として、 「地球の歩き方」というガイドブックがあげられます。 最近はマシになりましたが、 昔はとても嘘が多く「楽しい店がある」と紹介された場所に、 そんな店はなかったということがよくありました。 この「地球の歩き方」は読者からの情報を更新に使うプロセスの中で、 相互性・参加性を取り入れていました。 しかし、 相互性・参加性を組み込めば組み込むほど、 情報はゆがみ、 ノイズを含んでいきます。 その辺をどう認識するのかが大事だと思います。

改行マークそこから派生して考えると、 大体日本の案内には「悪い案内」、 例えば「ここへ行くのはやめなさい」という情報はないのですね。 日本のガイドブックや結婚情報誌はいいことしか書いていませんし、 駅の表示も「ここが名所です」とはあっても「ここは危険です」とは書いていない。 そういう点では「地球の歩き方」には「行ってみたがさほど面白くなかった」というネガティブ情報も掲載されているところが面白いと思います。

改行マーク実はヨーロッパではそういったネガティブ情報は当たり前です。 この前、 小森星児先生から教えていただいたのですが、 ロンドンの住宅地案内にはロンドンの町ごとによい所と共に、 問題点も全部書かれているそうです。 肯定的情報と否定的情報を併記しながら、 判断は読者に任せています。 いかにもイギリス人が好きそうなことです。 小森先生も初めてロンドンに行ったとき、 非常に役に立ったとおっしゃっていました。 アパートはそれをもとに選ぶのだそうです。


情報としてのランキング

改行マークこの事例から見えてくるのは、 情報の更新と絡んでくるのですが、 情報の評価、 格付け、 ランキングです。 ヨーロッパ人はそういった情報の階層化を好み、 ホテルでも一つ星から五つ星までランキングされていて、 実際サービスが全く違います。 初めて行く我々でもそういった情報をもとに泊まりたいホテルを選ぶことができます。 ところが、 日本のガイドブックには基本的にランキングされない。 業界とメディアの関係にもよるのだと思いますが、 客観的な評価が成立しないのが日本の現状です。

改行マーク例えば某大手ツーリスト内部ではホテルランキングが厳密にされているのだそうですが、 それが公表されることは決してありません。 我々としては『日経トレンディ』に載る情報を信用するしかないのです。 これから、 そうした情報の階層化、 評価が日本でも出来るかどうかが大事な課題だと思います。


「更新」をめぐる本質的課題

改行マーク以上のように、 情報の更新という点では二つの本質的な課題があると思います。 一つは、 更新される際の「誤読」「誤記」をどう解釈するのか。 肯定的に考えることもできるし、 問題視して解決する方向もあるだろうと思います。

改行マーク二つには、 情報を更新しながらその評価を変えていくことができるのかということです。

改行マークまた、 そうした評価を参照できるインデックスみたいなものがあるかどうかも大事です。 案内があっても正確な情報が得られない中で、 自ら検索できる仕組みが用意されているのか、 またランキングを好まない日本の社会でどのように自分好みの情報をさがす仕組みがあるかどうかです。

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