神戸の文化・経済の地盤沈下を如何にして回復するかは長年の課題であったわけですが、 ほぼ10年ほど前から、 そのブレークスルーのひとつのトリガーとしてWHO神戸センターについての誘致の話が進められていました。
この報告書の基本理念は、 そういう神戸の産業状況の下で、 (1)新たな働く場の確保・・・・これからの社会につながっていく産業を誘致し育てていくこと、 それに、 (2)そのための魅力的な空間の形成・・・・特に、 住機能と併存するような地域整備を行うというものでした。 いずれにしても、 WHOを核として業務、 研究、 文化あるいは商業施設などの誘致を図っていくことになりますが、 その報告書の中に言葉こそありませんが、 それは一言で言えば、 いわばミクストユースのビジネスパークをつくるということであったろうと理解しています。
そこで、 震災を経た計画の現状と、 この報告書での新都心のイメージというものとの違いを、 土地利用や施設計画の面から2つの視点で考えてみたいと思います。新都心の形成ということ
整備のイメージ |
各ゾーンの整備イメージ |
一方で、 たしかに、 阪神、 阪急、 JRがごく至近にあるわけです。 しかし、 駅が非常に弱いので、 駅と、 駅とのアクセスを何とかしなければ、 というのが次の課題となっているのです。
都心として、 その位置は
2つめは都心としての立地についてです。 バージェス流の考え(立地論)からすれば、 業務、 研究用地がもう少し三宮よりにあっても不思議ではない、 また、 ホイト流に云えば、 「軸」即ち鉄道の役割をキッチリおさえる必要があると思われるでしょう。 本来ならば、 抜本的な交通計画・対策となりうる施策を持ち込むことが理想であったわけです。 しかし、 復興住宅建設などのための早期の地域整備の必要性と、 鉄道事業者側も、 自らの震災からの復旧という過重な責務を背負っての短時日では、 それは如何ともしがたかったなどなど、 我々もそれを待っておれば、 計画自身が立ち上がらなかっただろう、 というのが真相です。
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