HAT神戸・東部新都心に見るマスタープランの役割と課題
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 最初に全員が集まったのは住都公団の瀬渡さんから呼びかけられた95年の6月。 その時はまだ基本計画の段階で、 全体マスタープランを市浦都市建築コンサルタンツが扱い、 ランドスケープを私達が、 他に安藤忠雄事務所と商業計画にPPIなどが参加しました。 ここにおられる遠藤さん達HATの各建築設計者が設計にとりかかったのが、 これらのマスタープランを決定した5ケ月後の11月からでした。 この5ケ月間は、 マスタープランにおける復興住宅のコンセプトは何か?から防災拠点とは何かなど、 まるで戦場のような議論が交わされ、 その結果、 自立安心できる防災拠点としての街を作っていくことになりました。
 ここには、 将来、 国際支援を受ける拠点にもなり、 周辺地域に対しても貢献できる拠点にもならなければならないことも含まれています。

(C) By 佐々木葉二

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