HAT神戸・東部新都心に見るマスタープランの役割と課題
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

コンセプトづくりの体制

立ち上げまで

画像sa001 改行マークこれは、 震災直後の神戸港の有様ですが、 ほとんどの港湾が、 こういう状態になっていました。 着岸できる場所がなく、 港湾機能壊滅という状態です。 我々は被災調査の為、 大阪の天保山から船に乗って神戸港に渡ったわけですが、 どこの港についたらいいのか分からないという状態で市役所に行ったことを覚えています。

画像sa002 改行マークこれは当時小林さん達が作成された復興計画の図面の一部です。 これを見て事業対象地区がどこになるか、 しかし白地地区が一番大変だとか、 これから始まる復興事業の規模の大きさに身のひきしまる思いがしたものです。

改行マーク当時、 兵庫県の発表では38,000戸の住宅を、 復興住宅として早急に建てることになっていました。 その最も広い敷地が、 ここの川鉄と神戸製鋼の工場跡地でした。 大量に、 早急に建てなければならない。 だからあなた方設計者が集まってもらったんだ、 と住都公団の瀬渡さんから緊張感あふれる表情で告げられた事を今、 思い出します。


マスタープラン

画像sa003 改行マークこれは、 建築計画も未定の時に、 ランドスケープの立場から、 周辺オープンスペースが当地区とどうつながっているのかをマップにしたものです。

改行マークここでは、 海の救援拠点となる水際公園や空の救援拠点となる王子公園を位置づけています。 もし将来、 神戸が新たに被害を受けた場合、 これら空の拠点と海の拠点を軸線でつないでいこう、 さらに東西線も防災路線とすることが決定されました。

画像sa004 改行マーク最初に全員が集まったのは住都公団の瀬渡さんから呼びかけられた95年の6月。 その時はまだ基本計画の段階で、 全体マスタープランを市浦都市建築コンサルタンツが扱い、 ランドスケープを私達が、 他に安藤忠雄事務所と商業計画にPPIなどが参加しました。 ここにおられる遠藤さん達HATの各建築設計者が設計にとりかかったのが、 これらのマスタープランを決定した5ケ月後の11月からでした。 この5ケ月間は、 マスタープランにおける復興住宅のコンセプトは何か?から防災拠点とは何かなど、 まるで戦場のような議論が交わされ、 その結果、 自立安心できる防災拠点としての街を作っていくことになりました。

改行マークここには、 将来、 国際支援を受ける拠点にもなり、 周辺地域に対しても貢献できる拠点にもならなければならないことも含まれています。


街区計画−囲み型住宅

画像sa006 改行マークこれは、 灘の浜地区の防災計画の考え方です。 灘文化軸と呼ばれるJR灘駅とつながる道。 住宅街区の中央には広場を作って、 防災モールの拠点にしようという考え方が初期のマスタープランの段階で出てきました。 これはそのモールを中心に、 それぞれのインナーコモンを囲むような、 囲み型住宅を配置したプランです。

改行マーク早く、 大量に被災者を受け入れなければならないということで、 当初建設省の方から容積率300%という指示が出ていました。 だから当初は完全な囲み型住宅のような配置に持っていかないと、 6.7haで300%は確保できない。

改行マークしかし当初案の囲み型住宅は、 なかなか人々の生活と街とが繋がってこない孤立性があるとランドスケープの側から提案しました。 そこで、 住都公団や市浦の設計担当グループと何度も模型と図面を造り直し、 深夜に及ぶ討論をくり返した結果、 少し囲みをずらし、 住棟に囲まれたインナーコモン(中庭)が中央のプロムナードにつながっていくような街区設定に落ちつきました。

改行マークこの結果、 ランドスケープとしては、 インナーコモン(中庭)が、 東西道路ともモールともつながり、 プライバシーを保ちつつ、 中庭が住棟の顔となる街というコンセプトを作りました。


住棟設計

画像sa007 改行マークマスタープラン確定後始まったのは、 住棟及びランドスケープの実施設計です。 これらは12月までにあげなければならない。 96年の4月にはクレーンが動いていなければならないタイムスケジュールの厳しい工程でした。 そこで早急に13人の建築家グループが選ばれたわけで、 そこから遠藤さん達との合流が始まりました。 最初に住棟のデザインを各事務所が1/200模型を作って検討に入りました。

改行マークランドスケープ側からは、 ガーデンロードと呼ぶ大きなモールを軸に、 超高層住宅や、 板状住宅の足下を、 中庭(インナーコモン)とつながる開口部を利用して、 オープンスペースによって各住棟を繋いでいこうという提案をしました。 このガーデンロードは今は灘の浜モールと呼ばれています。

改行マークHAT神戸は既存の街と離れていますから、 店舗を導入しなくてはならない。 そこでコリドールに沿って各店舗が並び、 灘の浜モールはいわゆるガーデン型の街路を作ろうということを提案しています。

画像sa008 改行マークこれは、 その後2週間かけて各建築グループが1/200の模型を仕上げて、 それをCGで立ち上げたものです。 13人の建築グループの様々な模型が出たのですが、 最初はテーマパークみたいで、 色はばらばらだし、 屋根の形状もバラバラでデザインを競い合っていました。 それを全員参加のデザイン会議で徐々に調整しながら、 統一していくコラボレーション方式がここでは採用されました。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見は前田裕資

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ

学芸出版社ホームページへ