ブラジルセミナー
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

テラ・ロッサの都市

武庫川女子大学 角野幸博

 ここ数年来、 阪神間の地域文化について思いをめぐらしてきた。 ここは日本の郊外住宅地発祥の地。 阪神間モダニズムと呼ばれる独自の生活文化が育まれ、 それが今のまちづくりにも少なからぬ影響を及ぼしている。

 文字どおり、 その「土壌」に興味があった。 六甲の山並みを背景にした、 南向き斜面の、 あっけらかんとした明るい家並み。 町のベーシックカラーは、 淡いピンクがかった花崗岩の色。 ふだんは枯れているのに、 いったん雨が降ると一気に増水する何本もの川筋。 これらが、 阪神間文化の舞台であった。 そこから、 この地域の個性が生まれてきた。 少なくとも、 こうした地勢が創り出す風景は、 阪神間独自のものと思っていたし、 おりにふれてそのように説明してきた。 だからどこの都市でも、 土壌や地形を、 個性づくりに生かすべきだと主張してきた。

 はたして、 そうだったのだろうか。

 この夏、 ブラジルへ行った。 関西の都市デザインの専門家たちのグループが行なった国際セミナーに、 野次馬としてついていったのだが、 ひょんなことから、 地元新聞社の記者からインタビューを受けるはめになった。 パラナ州にある、 ロンドリーナという都市でのことである。

 ロンドリーナの印象と、 今後のまちづくりのアイデアを聞かれた。 実は、 飛行機から見ても、 赤い土が気になっていた。 地上に降りて、 その感をいっそう強くした。

 民家の赤い屋根瓦は地元の土を焼いたもの。 壁の煉瓦も、 もちろん同様である。 伝統的な民家ほど赤っぽいイメージが強い。 このまちの近郊に日系移民がつくったアサイという村では、 日本風の入母屋づくりを思わせる屋根の上にも、 赤い瓦が乗っていた。 郊外の農村地帯へいくと、 煉瓦工場の煙突があちこちに建っている。 未舗装の道路は、 赤土の地肌そのもの。 市街地のはずれに、 ファベーラと呼ばれる不法占拠の集落がある。 ここだって、 道も、 壁も、 屋根も全部、 赤土色だった。

 この土が、 広大なコーヒー畑の土壌である。 ロンドリーナは、 コーヒー栽培のための植民都市として、 その歴史を刻みはじめたのだった。

 ブラジルに到着して日が浅いうちのインタビュー。 僕は自信をもって、 「ロンドリーナはテラ・ロッサ(赤土)の都市、 ロンドリーナのベーシックカラーは赤土の色。 これを意識した景観整備が、 まちの個性づくりにつながるでしょう」と言った。

 記者は怪訝な顔をして言った。 「乾季には赤土の粉が町中に飛び交います。 細かい粉が衣服の布地にまで入り込んできます。 雨が降ると、 どろどろのぬかるみになるのです」。

 赤土の大変さは、 僕もわずか一日町を歩いただけで実感していた。 スラックスの裾に、 赤土の微粉末がこびりつく。 だから記者の意見に同意しながら、 「あくまで色彩の問題」と補足した。

 だが、 本当にそんな話しでよかったのだろうか。 ロンドリーナのあと、 駆け足だけれど、 いくつかの都市をめぐった。

 どこも赤い。 程度の差はあれ、 僕が訪れた町は、 どこも風化花崗岩の赤土土壌だった。 これでは、 ブラジルという国土の特徴としてテラ・ロッサをとりあげることはできても、 ロンドリーナという一地方都市の個性を示す要素とはいえない。 記者の当惑は、 実はこのあたりに本当の理由があったのではないだろうか。 むしろ、 赤い色から抜け出したかった…。

 仮にブラジルから都市デザインの専門家が来て、 彼らに関西の都市の特徴を質問してみて、 「土が白っぽい」とか、 「山並みが美しい」とか言われたとすれば、 いったいどれくらいの関西人が納得するだろう。 それは国土全体の特徴であって、 それぞれの都市の特徴ではない。 「木を見て森を見ず」という諺があるが、 「森ばかり見て個々の木を見ない」のも困る。

 阪神間にしても、 日当たりの良い南向きの斜面とピンクがかった石だけでは、 その土地の個性を表現したことにはならない。 そこを舞台に人はどのような暮らしを営んでいるのか、 それが町を見る基本である。 もっとしっかりと、 町を見つめなければならない。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見はJUDI

(C) by 都市環境デザイン会議関西ブロック JUDI Kansai

JUDIホームページへ
学芸出版社ホームページへ