この場合、 フィリピン人が妻であることが圧倒的に多い。 家庭には、 夫の親たちもいれば、 いずれ子どもも生まれる。 言葉はわからないし、 生活習慣も違う。 相談したくても、 身近に親もいないし、 友だちもいない。 彼女たちの毎日の不安がどれほどのものか、 いたいほどに想像できる。 まわりが日本人一色という社会で日本人の家庭に入ったフィリピンの女性たちは、 いったい、 どのような日々を送っているのだろうか。 ここに、 地域の行政に助けられ、 やがて自分たちの力で会を運営するまでになったフィリピン人の母親グループFMG(Filipina Mothers Group)があることを知った。
去る11月19日、 板橋区民センターでこのFMG主催の生け花学習会が行なわれると聞いて訪問した。 板橋区役所から5分ほどの旧中山道沿いに、 宿場ふうのしゃれたセンターがある。 指定された午後1時半に地下の会議室に下りていくと、 コの字型に並べられた机の上に、 1人分ずつの生花が人数分すでに並べられていた。 フィリピンの若いお母さんたちが15、 6人、 みんななかなかお洒落な装いで集まっている。 学齢前の子どもたちが7〜8人、 机の下をくぐるやら、 菓子をほおばるやら走り回るやら、 大賑やかである。
やがて2人の先生の指導が始まって、 それぞれ水盤に活けていく。 先生の1人は古流、 1人は池坊だが、 この際、 流儀は問わない。 ただ、 三角形に活けましょう、 と教えるそうだ。 結果は上々で、 みな、 それなりに個性があり、 なかなかの出来栄えである。 なによりのびのびと活けられていて、 見ていて気持ちがいい。 ひと通り活け終わったら、 みんなで写真を撮っておしまい。 あとは、 お茶を飲んで心ゆくまでおしゃべりということになる。 もちろん、 タガログ語だ。
現在、 この会は、 日本の男性と結婚、 帰化して2人の子どものお母さんでもある猶村広美さんがリーダーとなって自主的に運営されているが、 はじめから自立した会ではなかった。 以下に、 会の生みの親である板橋保健所の保健婦さんたちの活動報告1)から、 会の成り立ちと経緯のあらましを紹介してみよう。
日本全国における傾向と同じように、 板橋区でも、 平成元年あたりからフィリピン人女性の数が増え、 保健所の乳幼児健診にも、 子どもを連れて訪れるフィリピン人のお母さんが多くなった。
板橋保健所として、 妊娠届・出生通知票・医療費の助成申請・乳幼児健診の来所等を通じて、 これら母親たちの訪問・相談等の地区活動を行なううち、 彼女たちが社会的にまったく孤立していることを知った。 まず、 日本語が分からないので外出しない。 家族も彼女たちを外に出したがらない。 育児についての相談相手もいない。 子どもだけを相手に家の中にこもってしまう。 ここで、 保健婦さんたちの取り組みが始まった。 フィリピン人の母親たちは、 日本人の配偶者としてこれから日本社会の一員として生活していかなければならない。 そのためには、 あくまでも自分たちで問題を解決できる力をもつべきである。 その方向付けとして、 彼女たちのために自助グループ育成を行なって自立を支援しよう、 ということになった。
こうして、 はじめは保健所主導のかたちで、 平成2年10月にFMGが発足した。 その趣旨は、
保健婦さんたちの活動による効果は大きく、 当初は数名から始まった会が、 平成3年ごろには常時10〜20名の参加を見るようになった。 会の形態としては月1回、 親睦が中心であるが、 メンバーの希望もあり編み物・ちぎり絵・書道・生け花など日本文化の習得や日本語の学習が、 ボランティアたちの指導のもとに行なわれた。 この間、 保健婦さんたちはグループ活動を積極的に計画・指導し、 参加もしたが、 平成5年以後は、 母親たちの自主性をより発展させるために運営のすべてをメンバーに任せ、 必要に応じて対応するだけにした。 その後、 自立した会は、 年ごとに増えつづけ新しく参加してくる若いお母さんたちの親睦の場となり、 フィリピン料理を持ち寄ってパーティーを開いたり、 地区の懇談会や他のアジア関係機関にもグループとして参加したりするまでに成長した。
板橋保健所としても、 自助グループ育成という所期の目的が達成され、 さらにフィリピン人母子に対する保健行政も円滑に運ぶことになった事業効果は大きかったという。 行政の積極的な地区活動が、 地域生活者としての外国人居住者の自立を支援した好例といえるだろう。
地域の保健活動が生み育てた自助グループ
フィリピン母親の会―FMG(Filipina Mothers Group)
というものであった。
注
前に 目次へ 次へ
1)「地域における在日外国人への支援活動」(Health Sciences Vol.10 No4. 1994 別冊)