錆びついた蛇口が壊れ、 水が流れっぱなしになったので、 近所に住む大家さんがすぐに駆けつけてくれた。 「自分だけじゃ修理できない。 ちょっと相談してみる」とのこと。 相談って誰にするの?大家さんの様子が不思議に思えたが、 何とか蛇口を取り替えてもらった。 それから一週間以内に「この家は本当にボロボロだね。 同様な問題がこれからも発生するかも。 もっといい所に住んだら?」と私達に詫びるような親切な一言。 しかし古いアパートであることは最初から知っており、 私はそんなに心配にならなかった。
それから数日後、 全く見知らぬ女性が突然たずねてきた。 その方はなんと、 住んでいたOO荘と同じOOさんという名で、 本物の大家さんだった。 今まで世話好きな大家さんのふりをしていた人は、 15年間もこのOO荘を借りており、 数年前から又貸しをしていたのである。 その事がわかったのは、 本物の大家さんの娘さんが戻ってこのOO荘に住むことを望んでおり、 それで大家さんが借主と相談しようとしたためである。 しかし、 実際は知らない外国人女性が二人も住んでいたのだから、 ニセ大家さんと住居人の私達の3人が本物の大家さんに呼ばれ大騒ぎになった。 借主は言いわけにカナダ人と私が「住む所のなかった外国人の友人」と言い張り、 まるで私たちが共犯者かのように扱われてしまった。
契約書は、 大家さんと、 実は借り主であるニセ大家さんとの間でもちろん存在していたが、 結局その場で解約、 又貸しをされていた私たちは「1ヶ月以内に立ち退いてください」と命じられた。 しかしどうしても納得できなかった私達が今度、 二人だけで大家さんを訪ねた。 話が進むにつれにトンデモナイ事実が明らかになった。 大家さんのふりをしていた借主は、 お年寄りの大家さんの信頼を利用し、 さらに世間知らずの私達に必要以上の家賃を払わせていたのである。 私達は大家さんに許してもらえたので、 大家さんに正式な契約書を請求したが、 今度も契約書はもらえなかった。 年があけるとOO荘のリフォームをしたい大家さんにとって、 契約書は望ましくなかったのである。 「半年残ってもいいが、 できるだけ早く引越してほしい」とのこと。 少し下がった金額の家賃で、 従来の生活が続けられることになった。
また、 ニセ大家さんとのつき合いを今後はしないように注意された。 しかし私が住んでいたアパートの電話線を始め、 家具や食器は全てその人が所有し、 しかも4畳半の部屋は、 ほとんど彼の物置である。 処分に困った私は、 やむを得ず電話をすると、 また驚いた。 なんと全部タダであげるから、 いらないものは転出の際に自分で処分するようにというのである。
それから四ヶ月後、 言われたとおりに荷物をまとめ、 現在の部屋に引越して来た。 引っ越しの時は、 運送業者4社に電話をしたが、 2社は外国人はお断りというのにも驚かされた。 現在の家は、 古い木造でもちろん契約書付きである。 大好きな今の部屋には暖房がなく、 ○○荘でのちょっと変わった方法で手に入れたコタツがありがたいものとなっている。
ドロテーさんの引っ越し顛末記(下)
【契約書のない部屋】
シブラーピュセル・ドロテー
フランス人のドロテーさんは1996年に来日した。 現在は大学院博士課程に在籍し、 東京のインナーシティ問題(低所得者等の受け皿となっているような地区)の研究をしている。 東池袋の古い一軒家に、 何故か契約書を交わさずに住めることになり学生生活を送っていた。 そして一昨年の5月頃、 2階に住むカナダ人女性が共有の水道を壊してしまった。 実はこの事が発端で、 この家についての驚くべき事実が判明したのである。
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