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パネラー報告2

岡本地区・深江地区・新在家南地区からみたまち住区

ジーユー計画研究所 後藤祐介

私の「まち住区論」

 今日は主に私が思うまち住区論、 コンパクトタウン論を聞いていただきたいと思います。

 私は、 主に神戸市東部の既成市街地を中心にまちづくり活動の仕事をして、 もう20年になります。 岡本、 深江、 新在家南がそうですが、 仕事をしていく中で特段、 まち住区やコンパクトタウンを意識してやってきたわけではありません。 出来ることをどうやって進めていくかに心血を注いできましたが、 今日のテーマに合わせてそうした活動を整理してみたいと思います。

「まち住区」の視点

 「まち住区」という言葉自体は私の恩師でもある水谷頴介先生のテーマでしたので、 私もそれを理解した上で仕事に取り組んでいます。

 私が思うに、 「まち住区」を構成する要素としては次の三つがあると考えています。

 一つ目はそれぞれの地域の自然や歴史、 文化、 景観を大切にすること。 ひとことで言えば、 地域の個性を大切にしたまちづくりを進めるということです。

 二つ目は、 コミュニティを大切にする協働のまちづくりです。 地域住民主体のまちづくりということです。 先ほどの山本さんの話を聞いていて、 自治会や協議会の名前ではなく「まちづくりの会」としたことは適切だと思いました。 地域のコミュニティはどこも均質ではありませんから、 コミュニティをまとめていく苦労は大変なのですが、 このあたりをうまくやっていけるかどうかが、 まちづくりを続けていくポイントになるのです。 最初は盛り上がっても2、 3年で消滅してしまうまちづくりと、 長く続いていくまちづくりの違いは、 地域住民にどう密着していけるかにあり、 とても大切な要素です。

 三つ目には、 地域に密着した経済を育むまちづくりをあげたいと思います。 この点については私は実践してきたわけではないのですが、 実に難しい要素です。 ただ、 新在家や岡本のまちづくりをやっていく中で、 地域経済に密着したまちづくりが重要なことを実感しました。 新在家には灘五郷の酒蔵のまちがあり、 岡本には商売が発展してこそまちづくりになるという意識があります。 地域経済とまちづくりは深くリンクしていると思いますが、 地域の中の小さな経済という点は、 まだ手がつけられてない分野だと考えています。

「まち住区」の空間構成イメージ

 これについては強く意識してまちづくりを進めてきました。 どのようなものかを具体的に列記します。

 これらは、 近代の都市計画が進められていく中で排除されていった要素です。 しかし、 アメリカのJ・ジェコブスという都市計画ジャーナリストは、 今から30年以上も前に近代都市計画を批判し、 近隣住区や用途地域制を作りすぎることによって人間らしい空間を失ったと指摘しています。 私も同じように思いますので、 この四つは魅力的なまちづくりに欠かせない要素として仕事に取り組んでいます。


コンパクトタウンとは

なぜ今コンパクトタウンか

 コンパクトタウン論は最近になって聞くようになったのですが、 なぜ今頃出てきたのかを私なりに考えてみました。

 一つの理由として考えられるのは、 戦後ずっと続いてきた日本の経済成長が終わり、 都市の成長も行詰まってきたことです。 ニュータウンも開発しまくった結果、 都市が膨張・拡大しすぎてしまったということです。

 今問題になりつつあるのは、 開発してきたニュータウンの高齢化が進み、 ゴーストタウン化していくことです。 これも、 交通の不便なところまで開発して都市を拡大してきた結果と言えるのですから、 都市をもう少しコンパクトにしようという論が出てくるのも必然だと思います。

 またコンパクトタウンが語られる背景にはもう一つ、 今の拡大した都市の中で薄れつつある「適度な密度、 集中、 複合」が必要とされていることもあげられます。 最近頻発している都市の暴力事件や犯罪の背景には、 都市の中で人々の目線や視線の密度が低くなっていることがあるのではないかとつくづく考えてしまいました。

 人間が健全な生活を営み、 安心して暮らせるためにはある程度の密度が必要ですし、 そのことを「コンパクト」という言葉で表しているのではないでしょうか。 ですから、 今までのベッドタウンと呼ばれるニュータウンのように単一の用途で作った町には問題があると思います。

 最後に、 コンパクトタウン論で指摘しておきたいことは、 それが徒歩圏で生活できるまちだということです。 歩いて市役所に行けるし、 病院や図書館にも行けるのが理想なら、 その生活圏内に必要な公共施設がないといけません。 ところが、 現状を見ると、 行政は生活圏を無視して公共施設の基準を決めていますから、 何十万人が住む東灘区に図書館が一つしか建てられていない有様です。

 つまり、 一定の自律した生活圏がまだ出来ていないのが今の都市の姿です。 全ての公共施設を町内に作れと言うわけではありませんが、 自分たちの住むエリアの中に満足できる生活圏を作っていく必要はあるでしょう。 何かを利用しようとするたびに、 バスや車を使って遠くまで行かなくてはいけないのは生活する上で問題があります。

 以上の三つの視点が、 コンパクトタウン論が出てきた背景ではないかと思います。

「まち住区」+地球環境問題

 コンパクトタウン論は「まち住区」とほとんど変わらない内容を持つものなのですが、 なぜ最近急に言われ始めたかを考えると、 「まち住区」の発想にはなかった地球環境問題が含まれているからだと思います。 特に今では、 大量生産、 大量消費、 大量廃棄の時代が終息を迎えつつあり、 社会全体が使い捨てから循環型社会経済システムへと変わっていこうとしていることも大きく関係していると思います。

 「まち住区」は20世紀に考えられた発想ですが、 コンパクトタウンは21世紀的な課題を含んだ発想だと言えるでしょう。 日本ではこの課題にどんな対処法が考えられるかを、 これから考えていかねばなりません。


岡本、 深江、 新在家南における実践例

 ではここで、 今まで実際にどんなまちづくりをしてきたかをざっとお話ししたいと思います。 最初に述べた「まち住区」の三つの要素とその空間構成の視点から紹介してみます。

個性豊かなまちづくり

 岡本では六甲山麓の良好な住宅地であるという住民の意識が強いので、 その住宅地景観を背景にしたおしゃれなまちづくりをテーマにしています。

 新在家南では、 やはり昔から灘五郷の一つである西郷という歴史へのこだわりがありますから、 「酒蔵のまち」として町並み形成に努めています。

 深江はこの二つのまちに比べると普通のまちで、 それなりに面白い地区なのですが、 自然環境や歴史的背景がないことから隣の芦屋市にコンプレックスを抱いているようです。 そこで「西芦屋」という言葉を使って、 何とか緑豊かなまちにしていこうとしています。 「深江らしさ」にはならないのですが、 その意識もこの地域の個性ですから頑張っていこうと思っています。

コミュニティを大切にするまちづくり

 岡本の場合、 住宅地と商店街では立場が違いますからまちづくりをめぐって対立する場面が多いのですが、 「いいまちにしたい」という一点でこの20年間、 手を取り合ってきました。 その苦労はここで話せるものではありません。 自慢すべきことは、 20年もの間住民が中心のまちづくりを進めてきたことです。

 深江地区のまちづくり協議会も、 いかに深江連合自治会と協力できるかがポイントでした。 お互いの立場を認め、 譲るときは譲るとして11年間活動してきました。

 新在家南の場合は、 町内会とまちづくり協議会が一体となるなか、 酒造会社や神戸製鋼、 小泉製麻といった企業とも協力し合って、 それぞれが「自分たちのまち」と思えるようなつき合い方をしてきました。

 この三つの地区は、 震災前からこうしたまちづくり活動を続けてきました。 ですから震災後のまちづくりにも以前からの積み重ねがバックボーンとなっており、 単なる復旧ではなく以前のまちも超えるようなまちづくりをしようという雰囲気になりました。 震災前からやってきたことが、 復興のまちづくりに役立ったと思っています。

地域経済が豊かなまちづくり

 実を言うと「地域経済」はこれからの課題だと思っています。 私の場合、 今まで抜けていた視点です。 本当に地域が元気になるためには、 地域の中で小さい経済がうまく回っていくシステムが必要だと、 よく人から指摘されます。 その通りなので反論もできないのですが、 全く不十分とはいえ、 岡本では、 地域のお店400店が元気でやってくれればいいと商店街に石畳を張り、 おしゃれな町並みを心がけました。 新在家南では酒造会社7社が元気にやっていけるよう、 「酒蔵のまち」として町並み形成を誘導しています。

 今後、 地域の経済を考えるときテーマになりそうなのが、 先ほど述べた「使い捨てから循環型社会経済システム」の時代にどう対処していくかということです。 これは難しい問題なので、 誰かに手伝ってもらうことも考えつつ、 今後の私の宿題にしたいと思います。

「まち住区」の空間構成

 ご紹介している地区は混用地域や古い建物の良さがうまく残せているのですが、 ここではどうやってそれを作り上げたかを説明します。 ひとことで言うと、 それぞれのまちの個性に合わせてルール作りをして、 それに沿ってまちづくりを進めているということです。

 岡本では低密度の中に住宅と商店が混在していて、 J・ジェコブスが提唱したまちづくりが実践できているんじゃないかと思います。 セットバックをしながら町並みを誘導し、 古い建物と新しい建物がうまく溶け込んだまちになりました。 みんなでルールを守ることで、 魅力的な町並みが展開できた例です。

 深江は、 多様な住宅形式があり、 様々な職種の人が住んでおり、 地域の中でいろんな管理運営主体の人がまちの活動をしている地域です。 ですから、 そんな地域の実情を生かせるよう「住み良さ」が感じられるようにしたいと思っています。

 新在家南は、 住商工が複合している準工業地域の中で、 歴史を感じさせる酒蔵を中心とした町並み形成が進んでいます。 「まち住区」や「コンパクトタウン」論的に見るとけっこう優等生的にまちづくりをやっている感じですが、 これからもまちづくりを進めていこうとすれば、 管理運営や社会経済システムをしっかり作り上げていく必要があると思っています。


既成市街地のまちづくりはまち住区で

 今までの話をまとめると、 結局、 既成市街地における地域住民の取り組みは必然的にまち住区となり、 コンパクトタウンになっていくようです。 別の言い方をすれば、 そんな活動をしていかないと、 まちはゴーストタウンになってしまうとも言えるでしょう。

 日本では地方の過疎化のみに目が行っていましたが、 これからはこうした取り組みをしていかないと日本の都市のほとんどでまちが持たなくなってしまうのではないかと、 私は危機感を抱いております。 まあまあの生活環境が欲しければ、 やはりまちづくりの取り組みが必要なのです。 もし何も手を打たなければ、 2020年か2030年頃には人口が減って、 大都市の中に我々が見たこともないゴーストタウンが出現するだろうと私は予想しています。

 30年先について、 私が勝負だと思っていることを最後に述べておきます。 新在家南地区のまちづくりは、 すぐ隣の東部新都心がライバルだと思っています。 東部新都心はご存じの通り、 鉄筋コンクリートの高層住宅を行政が作って人びとに与えたのですが、 30年先にはどんな姿になっているのか。 新在家南地区の方が、 まちとしては生き生きしているかもしれません。 その辺を勝負どころとして仕事を続けていくつもりです。 私としては、 住民参加型のまちづくりの中にこそ、 まち住区やコンパクトタウンがあると思っています。

司会

 ありがとうございました。 でも、 30年ではまだ勝負はつかないでしょう。 しかし、 100年経ったときはどうなるのか分からないという気はします。

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