小林:
地元でまちづくり協議会なりまちづくりの会なりをやっておられる方々の中で、 何かご意見をいただける方がおられましたらお願いします。
これをフォローしてもらうのが、 専門家であったりボランティアであったりするわけですが、 ここで考えなければならないのは、 いかに専門家やボランティアといっても、 全くタダでは動けないわけです。
いろんな行事はやっています。 それは一つは参加してもらうために、 あるいは参加して自立する喜びをそのなかで持ってもらいたいと一生懸命やっているわけですが、 来てもらえる人は数に限りがあるわけです。 逆に、 数に限りがあるから何とかなるのではないかと思ってもいるんですが、 そうはいっても限界があり、 ボランティアにも限界がある。 住民もこの6年で随分疲れています。 ですから何か引っ張ってもらえる良いアイデアはないものかという気がしています。
一つは自治会館がなかったのですが、 復興基金の予算がつきそうなので、 「集会所づくり」という本を五冊ほど東京からいただき、 それを回し読みしながらがんばっております。 何か先に明るさを持ちながらまちづくりをやりたいと四苦八苦しております。
小林:
まちづくり支援室や地域支援課、 市民活動支援課もできましたので、 今神戸市には支援課だらけです。 仕組みはどんどんできつつあるんですが、 もう一つ実態面で新らしいパワーが感じられない、 もう少し時間がかかるのかもしれません。
準備期間の時は、 それはそれは大変でした。 その準備期間のことを思い出しながら、 山本さんのお話を聞いていたんですが、 やはり婦人会やPTAの話を聞いていたのでは、 まちづくりはできないと思います。
私たちが6年間、 行政やコンサルや学識経験者などに協力いただきながら勉強し、 まちづくりをやってきた中で感じたのは、 やはり地域はヘリコプターでホバーリングして下をみるような感じで、 もっと広い角度で見て、 「このまちはこんなまちにしなければならない」といったことを考えなければいけないということです。 ここには筋を一本通した方がいいのではないかとか、 川の堤防をもっと高くしないと流れてしまうとか、 そういう大きな目でまちを見ていかないと、 まちは良くならないということなんです。
ただ校区であるとか、 広い道路であるとか、 そんなもので良いまちができるなど、 とんでもない話だと、 この震災を契機にしてつくづく思いました。
そんななかで、 これからのまちづくりは、 やはりまちづくりの会、 婦人会、 PTAなど地域のさまざまな会を統括する大きな一つの組織がまずあって、 そのなかで枝分かれしていくという形態が望ましいのではないかと思います。
今神戸市が進めている防災福祉コミュニティもそうですが、 あれは一応校区単位となっていますが、 やはり校区だけではなく、 一つの地域を捉えて考えていかねばならない問題だと私は思っております。
校区を離れて地域全体を見て、 このまちがどうなったらいいのかという大きな視点が必要なんです。 新長田は北側が区画整理事業で、 南側が再開発事業です。 駅を隔てて全く違った手法でまちをつくっています。 ですから北側は区画整理され、 南側はペンシルビルのようなものがどんどんできています。 そういうまちがいいのか、 三十年後、 百年後、 平べったいまちが勝つのか、 のっぽビルが勝つのか。 そういう問題を新長田も抱えております。 どちらかが駅裏にならないよう、 がんばっております。
区画整理の地域などでは、 今まで住んでいた人たちがとんでもない所に行って住みます。 特に新長田は飛び換地が多くなっていますので、 それが甚だしい。 ですから今後も新しいコミュニティを形成するための「ふれあい祭」のような活動は、 非常に重要ではないかと思っています。
小林:
新長田の北につきましては、 五月に久保さんに来ていただいてお話しをお聞きしました。 街区ごとのまちづくり協議会が21もあったのを、 一つの連合したまちづくり協議会とし、 今は全体をどうしようという段階に進んでおられるということでした。
今ご紹介のあったような家並み憲章をつくったり、 先ほどの御蔵でご指摘のあった「まわりに広がったまちの中で自分たちの活動を考えよう」ということに、 もう既に踏み出されているということです。
実は神戸市と合併する以前は住吉村は日本一の金持ちの村でした。 そこで合併の際には資産を神戸市に取られないように、 まず住吉学園注という財団法人をつくって資産を全部学園に投入したわけです。 そのために各村会議があり、 その会議のもとに各自治会があったわけです。 その自治会には学園から会費が何百万と出ています。 震災の時も何億というお金が動いたのですが、 そういう協議会(自治会)なんです。
資産が潤沢にある協議会に対抗して、 資産がないまちづくりの会が出来ておりますので、 非常に苦しい状況です。 私自身ひっかかりがありましたので、 ご説明させていただきました。
兵庫県が県民局をつくって、 地域ビジョンの作成から実行へと進もうとしています。 神戸市は旧来からマスタープランを持っていますし、 各区ごとの区別計画をもっていて、 コンパクトタウンだという話です。 それから防災福祉コミュニティ事業は、 ふれあいのまちづくり協議会を中心として、 現在コミュニティづくりのまねごとをやっています。 本当に防災福祉コミュニティでやろうと思ったら、 あんな調子ではとても出来るものではない筈ですが、 それでも一地域拠点あたり、 年間20万のお金が出ています。
そのふれあいのまちづくり協議会を中心として「あじさい給食会」だなんだと、 だいたい一つのふれあいのまち当たり年間160万から180万くらいの補助金が神戸市から出ています。
しかし一方、 自治会は任意組織ですので、 びた一文出ないんですが、 協議会はまちづくり支援室から毎年30万くらい出ています。 地区計画も決めることが出来ますし、 まちづくり協定も市長と結ぶことができます。 ですから協議会組織というのは、 あきらかに通常の婦人会や自治会のような任意組織とは異なっているわけです。
住吉浜手の事情などは今日初めて聞きましたが、 知らない人間が聞くとどちらかに乗ってしまいかねないわけです。 これは大変恐ろしいことです。 そうすると地域の中でやっと出始めた若い芽、 貴重な芽が潰されないとも限らないわけです。
県が県民局をつくり、 市民局と噛んで、 さらにコンサルタントが入ってきてとなると、 また既存の組織に肩入れすることになるのではないか。 せっかくうまくいっている地域の寝た子を起こすようなことにならないように、 よくよく気を付けて欲しいと思います。
おじいさんやおばあさんがまちづくりにぶつぶつ言っていても、 子供の地蔵盆だとか、 夏祭りのイベントをやるといっぱい出て来ます。 そこで一生懸命奉仕活動をやっていると、 だんだん話を聞いてくれるようになるんです。 これはどこの地域でも一緒ではないでしょうか。
それから花でしょうか。 子供や花をやるとどこでもいけると思うんです。
ですから小学校区単位というのは自然な側面があるわけで、 それを無視して校区を三つも四つも一緒にして150haくらいが一つのまちづくり協議会ですと言われると、 どんなふうに運営されているのかと思います。 それこそ一つの町になってしまう。 何万人の会員というのもいかがなものでしょうか(それも地域の風習ならばやむを得ないのかなとも思いますが)。
震災後その地域の特性に合わせましょうということで行政が柔軟に対応してくれるようになったのは良いことなのです。 地区の大きさの議論をされても東灘と長田、 兵庫、 西区、 北区、 それぞれ事情が違いすぎます。 そこへコンパクトタウンとかいって、 一定の大きさのコンパクトタウンごとに何らかの設備、 例えば病院とか、 集会所を整備していこうというのは無理なのです。
万が一そういうものをつくる時には、 それこそコンパクトタウンにしたいと思うのであれば、 計画段階で、 保健福祉局だからこの建物しかできませんと言わないで、 中身も柔軟に対応してほしい。 あるいは地区が財産区を持っていてお金を1億も2億も持っているのであれば、 それを上乗せしてつくってもいいのではないかと思います。
せっかく頭を柔軟にしたのですから、 今度はそこに持ってくるものも柔軟にして、 一つの文化圏として出来上がるようにお願いしたいと思います。
まちづくり協議会からの報告
依然として参加意識が薄い神戸市民
御蔵地区・田中
「神戸市復興計画推進プログラム」の概要に、 「市民一人ひとりが、 自己責任のもとで自律するとともに、 お互いに助け合うようなきずなの強い地域をつくっていくことが重要である」とあります。 確かにその通りなんですが、 今まで神戸市が何でもかんでもやってきた弊害が非常に大きいのです。 休止していた自治会を再生させて新しい自治会が出来上がったのですが、 依然として参加意識が薄い。 神戸市はもう財布の中は空っぽで、 自律しなければという話をするんですが、 なかなか弾みがつかない。 これだけ痛めつけられてもまだ弾みがつかないのか、 まだ起きないのかという気がします。
困難をきわめた準備期間
青木南地区・村上
まだできて間がないんですが、 後藤先生のご指導のもと一生懸命やっております。 準備期間に1年ほどかかり、 地固めして、 去年の11月に総会ができたところです。 今年の第1回の総会を4月の末にやりましたが、 割合順調に進んでおります。 戸建てとマンションと商業地で、 43号線から海までの浜の方でやっております。
地域をどうまとめるか
新長田/細田神楽地区・野村
まちづくりは大きな視点で
新長田はもともと21の協議会がありました。 一つか二つの町でまちづくり協議会をつくったため、 神戸市の100の協議会のうち新長田が5分の1も占めていました。 本来はそういう狭い範囲、 一つないしは二つの町で協議会をつくって、 良いまちをつくるというのは、 とんでもない事です。家並み委員会の創設
私の管轄の協議会は30haくらいあるのですが、 この中で九つの協議会が一緒になって家並み委員会をつくり、 町並み・家並みのきれいなまちをつくろうという活動を始めました。 例えば家を建てる場合には、 道路に面した勾配屋根にしましょう、 また道路からは50cmとか、 1mセットバックしましょう、 そして塀や門はつくらないように、 またインターロッキング舗装をしましょうといったことを、 神戸市とも話し合いながら、 補助金をもらって進めています。 これは神戸市では初めてであろうし、 こうした活動は全国でも初めてではないかと思います。統括する組織の重要性
神戸市に言いたいこともありますし、 県に言いたいこともあります。 そしてそれぞれのまちづくり協議会の役員さんが住民と果たしてどれだけの会合を持って、 どれだけの提案をしているのかといったことにも、 考えなければいけない問題があると思うんです。 住民側にもあるし、 協議会側にもあるし、 行政側にもあるし、 まちづくりコンサルタントの能力にもあると思います。コミュニティ形成のための「祭」は重要
それからまちづくりは遊び感覚では問題との発言がありましたが、 私は「ふれあい祭」といったものは大事ではないかと思います。
住吉学園という特殊事情
住吉浜手まちづくりの会副会長・岡部
先ほどから山本さんが責められていましたので、 住吉浜手がどういう状況かということをご説明しておきたいと思います。
注:財産区は地方公共団体なのでお金を使うときに市長の決裁が必要、 政教分離の原則がありお祭りにお金を出せないなど制約が多い。 対して住吉村は財産区にはせずに、 住吉学園という財団法人をつくり、 そこに旧住吉村の財産を全部集めたため、 村固有の財産を自由に使えるという賢い選択をしている(道谷卓「東灘・灘の歴史を訪ねて」『東部地域まちづくり文化のツール』より)。
地区の大きさは地区の事情を優先して決めるべき
まちづくり協議会連絡会事務局長・中島
まちづくり協議会と既存組織
私は松本地区のまちづくり協議会の会長もやっているのですが、 先ほどの自治会・婦人会と協議会の関係についての話は、 コミュニティをやっている人間には何を言っているのかすぐにわかるんです。 調整が大変なのです。 どの地域でも各分野に親分がいっぱいいます。 どちらかの顔を立てるとどちらかが立たないという話ばかりで、 結局何も出来無くなるんです。 それで、 ええい、 別の組織をつくってしまえとなるわけです。 まちづくりをやるのはやはり地域を愛して行動する人だと思います。貴重な若い芽を潰すな
ではまちづくり協議会の大きさには規定があるのか、 例えば世帯数に規定があって3000世帯なければだめだとか、 あるいは30haなくてはならないと神戸市が言っているかというと、 そういうことは言ってないわけです。 単位も自由ですよ、 範囲も自由ですよと。子どもがキーワード
ただ、 今回の阪神・淡路大震災を経験した私たち被災者は、 常に動ける行動部隊を持った固まりをつくるということが重要だと思っています。 それがどういうことでつくっていけるのかと言えば、 やはりキーワードは子供です。 子供、 老人、 障害者、 それからその地域に住んでいる人。 なかでも一番のキーになるのが子供で、 だからどうしても小学校区単位などでやってしまいやすいわけです。建てるものも柔軟に
今、 ふれあいのまちづくりで地域福祉センターを176つくらねばならないうち、 出来ているのがたぶん9割くらいですね。 いわゆる老人憩いの家ですが、 20年来やってきて、 出来ていません。 ああいう同じパターンの建物を次々と持ち込むのは、 行政の一番悪いところです。
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