都市の記憶
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詩 四丁目の「まさ」 玉川ゆか

とうとうわても ダンボールおばはんになってしもた
昼は風よけ
夜はこ中にはいって寝るんや
 
近所の人が避難所へ来い言うけど
行かへん
いや 何も性悪されるからやあらへん
もうちょっと 息子のそばにおるんや
 
ほれ
あの屋根の下――と言うたかて
焼けてなんにもなくなってしもたけど
あの下に
息子もヨメも孫も 埋まったままやねん
ドーン……いうて地面が鳴ったとたん家がとび上がった
次にゴゴゴォォと揺れた時には暗闇の中で身動きできなんだ
天井が降ってきとったんや 
「はよ 出んかい!」
息子の怒鳴る声がして
はりを支えてくれとったそのすき間から
わて一人 這い出したんや
そのあと ドドドーと崩れてしもた
目の前で 家が崩れてしもたんや
 
なんで わてだけ逃げたんやろ
息子が下敷きや!
 
ヨメも孫も こ中や!
わては半狂乱で崩れた材木に埋ずまりながら手でガレキを
ほじくっていた
そんなもん らちあかへんわな
 
どこかで 火の手があがったんやろ
気がついたら あたり一面火の海やった
わては もう逃げへんかった
そのまま わても燃えてもよかったんや
そやのに
「おばはん なにしとんねん!」
どこの誰かわからへんけど
わての衿くびをひっつかんで逃げてくれた
くつが燃えて やっぱり熱いわ
焼け跡の灰を バケツですくて
手のひらの上で転がしてみるんや
指で押さえて つぶれるんが灰
白うに残るんが 骨や
息子の な
 
一日一回 ボランティアの人が
おにぎりとみそ汁を持ってきてくれる
心配せんでも
わて 死なしまへん
気がすむまで こないしたら
もういっぺん 生きてみるわ
二回も助けられた命やさかい
また 串カツ屋の店だすわ
その時は あんた
食べに来てや
 
四丁目の「まさ」いうて尋(た)ねてもろたら すぐ わかる

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