阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク
左三角
前に 上三角目次へ 三角印次へ

2 新長田駅北地区
―土地区画整理事業

久保都市計画事務所 久保光弘

震災復興3年と5年

 今回のように復興事業を振り返る機会は3年目にもありました。 それは『震災復興が教えるまちづくりの将来』(学芸出版社、 98年)にまとめられており、 皆さんもご存じでしょうから、 今日はその3年目と5年目で何が違うかをお話しします。

 3年目の時はまだ泥沼の中を走っており、 もしかしたらまちのビジョンが何とか出来るかもしれないという状態でした。 当時は、 新長田駅北地区全体で21の協議会があり、 そのうち東部(約30ha)は12協議会あり、 私は10協議会に関わっていました。

 しかし実際のところ、 全体構想や共同建替は、 各協議会の小さな枠組の中で進めるものではありません。 結局テーマ毎に幾つかの協議会が集まり、 部会で検討するという形ができ上がりました。 それがきっかけになり、 この1年間で続々と成果が出てきました。 シューズギャラリー、 アジアギャラリー構想の提案、 またいえなみ基準の締結とその基準が神戸市都市景観条例による景観形成市民協定として認定される、 というような具合です。 非常時に協議会はよく頑張りました。 また、 行政もタイミング良く対応して頂いたと思います。 その結果ギャラリーの核施設となるパイロットショップ、 また共同建替のほとんどが着工しました。 というわけで5年目の今年は、 これら構想の種火が形になる段階といえます。

 ところが当地区は、 住工商混在し大小敷地が混在しているうえに、 確保しなければならない公共用地が多い。 このため鷹取北エリアへの飛換地も考慮された特に換地の難しい地区であることもあり、 仮換地に手間取っており、 またケミカルシューズ等地域産業の活力がかなり弱くなっていることなど、 課題が山積しています。 今だに協議会の役員は気の安まるところが無い状態です。


杜の下町構想

画像b02z01
新長田駅北地区(東部)まちづくりビジョン
 当地区には、 まちのビジョンづくりのベースに「杜の下町構想」があります。 平成7年の春頃、 長田の住民や外からの人が集まってできた「長田の良さを考える会」が提案したもので、 構想の段階では長田全体という話でしたが、 今のところ、 新長田駅北地区だけがこれをまちづくり提案の基本おいて取り込んでいます。  
 もとの構想を協議会の人々が発展させていったのですが、 その際、 私自身は脱近代化というテーマを期待しました。 というのも、 近代都市の現状そのものを再評価しますと次の時代のあり方が見えてくると思ったからです。 これからは人口が減る時代であること一つとっても大きな転換期です。 当地区では、 緑豊かな生活環境を目指す意味で「杜」を、 またそこに生まれる新しい形の住商工混在の町として「下町」を理解し、 この「杜の下町構想」を具体化しようとしています。

 その舞台となる長田の都市構造は、 自然や歴史からみて私自身は条里制都市とか風水都市として捉えられると考えています。 この「杜の下町構想」は具体的には現在、 快適居住構想、 シューズギャラリー構想、 アジアギャラリー構想の三点がでてきています。


快適居住構想

 その一つは快適居住構想です。 住宅問題には初期の段階から時間をかけて取り組んでいますが、 この構想はまだ明文化したものはありません。 しかし、 共同建替、 協調建替、 いえなみ基準の取り組みの中で色々と協議会は居住環境について考えてこられたし、 不法駐車や駐輪問題、 ゴミ置場等日常的な問題も話合われております。 仮換地が済んで住民が落ち着いた段階で、 よりソフトな面を加えてまとめられることを期待しています。

 なお新長田駅北地区では、 市に提案する「まちづくり提案」は、 新たな提案や変更提案等多数にのぼります。 提案、 変更提案が出されるたびに各協議会総会が開かれ、 街区内の変更であれば住民全員を対象としたのブロック会を開き、 小さな変更についてもニュースレターに載せるなどして住民の意見を求め、 まとめられています。 この「まちづくり提案」は、 神戸市まちづくり条例に基づくものですが、 住民と行政がまちづくりの方向を共有し、 まちづくりを前進するためのツールとして大きな役割をはたしています。

画像b02z02
いえなみ基準の区域
 例えば、 図で太い線で囲まれたところがいえなみ基準の区域ですが、 徐々に拡がりつつあります。 この新長田駅北地区東部は、 平成10年にいえなみ基準が景観形成市民協定として認定されましたが、 その影響をうけて五位池線より西側の地区も平成12年2月に景観形成市民協定が結ばれ認定されました。 14mのコミュニティ道路は新湊川方向から鷹取駅の北側まで東西に伸びるものと、 新長田駅北口から南北に伸びるものと二つありますが、 これらは現在も道路部会で整備計画を検討しています。

 共同建替につきましては当初は町丁ブロックごとにあった案が徐々に集約されて、 現在5ヶ所にまとまり、 希望される方々は皆近隣の住宅へ入れることになりました。 五つの共同建替住宅の配置については、 北側に大きな道路又は公園がある位置にするなど、 周辺の環境に影響を及ぼさないよう計画的な配置がされました。

 この地域は平成8年頃のデータをみますと、 50〜60m²の小さな家の件数割合が全体の5割、 6割を占めます。 一方、 敷地面積で考えると500m²以上を所有する方たちの土地が全体面積の5割、 6割あり、 これら大小の地権者が混在している状態です。 ですから換地も、 敷地が住宅地のように平均していればその後の推移で権利が動いても道路は余り変わりませんが、 ここはいろんな推移にあわせて、 区画道路等変更をせざるを得ない場合も多く、 先ほど言ったような変更提案も多く必要となってくるのです。

画像b02z03
共同建替住宅イメージパース
 地区内で行った五つの建替事業はそれぞれ大規模で指定容積率も高いため、 容積率が300〜400%になります。 平成12年度中に全て完成するはずですが、 御屋敷通一丁目と神楽町四丁目のものは既に出来上がりました。 その際共同化事業組合の理事長さんから神戸市へ感謝状を出されています。

 さて、 これからのまちづくりを議論していくと、 やはり住商工の共存には「景観と環境の重視」が重要であるという点に帰着します。 例えば、 店の集客にも周囲の家並みが大事になってきます。 そのスタイルとして、 先ほど触れました「杜の下町構想」が出てくるわけです。


シューズギャラリー構想

 協議会が提案した「シューズギャラリー構想」は20ページ位になりますが、 この構想は工業ゾーンにある六つの協議会によって提案されています。 このシューズギャラリー構想は、 一方でシューズ工業組合等が進めていた「くつのまち;ながた」構想と連携した形で、 核施設「シューズプラザ」が生まれ、 現在建設中です。

 この構想を一言でいうと「見える工場」ということでしょうか。 外を歩く人たちの目に工場の中が自然と見える、 そして場合によっては実際に中まで入って行くこともできるというものです。 というのも、 ここで作られる靴は例えば浅草辺りへ行ってしまい、 長田地域では長田の靴を目にする機会がなかなかないという現状があります。 そこで靴の製造現場を見ることができ、 現地販売やアンテナショップを作って、 長田の靴産業を地域でも見える方向に持っていきたいという提案が出てきた訳です。

画像b02z06
シューズギャラリー「見える工場」パース
 細田町5丁目の「見える工場」は、 当地区のケミカルシューズ企業の再建建物で既に営業が再開されています。 建物の中に入って靴の製造工程が見えるようになっています。 ケミカル工場の便所は、 これまではひどかったようですが、 見学者に配慮して広く取られています。 女の従業員の方が「経営者が便所を自慢している」と大笑いされていましたが、 ずい分工場の環境改善がなされたということです。 製造工場という制約もあるからとも思いますが、 今はまだ一般の見学者が入りにくく感じられるところがあるのが少し残念です。 地域の為にもぜひ見学工場としても魅力あるものに育っていくことを願っています。

画像b02z07
シューズプラザ・イメージパース
画像b02z08
内部イメージパースとシューズプラザ平面図
 「くつのまち;ながた」の核施設になる「シューズプラザ」は細田町6丁目に建設中です。 隣の「アジアギャザリー」が完成すると、 中で二つの施設が通路で一体になるように設計されています。

 シューズプラザの1階と2階にはメーカー直販等のアンテナショップがあり、 中央の広場は2階まで吹き抜けになっていて、 いろんなイベントができるようになります。 3階は靴のデザイナーを養成する等のラボとして使われます。 4階は二つの用途に分かれますが、 一つはアジア交流プラザとしてアジアに対する支援・交流団体や、 アジアの文化をPRしていく場、 もう一つはタウンセンターというか、 まちづくりの拠点になるような場として使っていこうと考えられています。


アジアギャラリー構想

 同じように協議会が提案した「アジアギャラリー構想」があります。 最初は「アジアタウン」という構想だったのですが、 地域から環境悪化を心配する意見が出るなど少し難航しました。 地域の支持を得なければ成し得ない提案ですから、 周辺地域に最初の段階から案を配布し、 西部区域の各協議会の会長さんが集まる連絡会にも出向いて説明する等が行われました。 長田にはアジアの方が1万人近く住んでおられますが、 全体に満遍なく住んでおられますので、 その点を活かして、 アジア・アンティークやアジアの飲食を取り入れることで、 「アジアギャラリー」を長田の一つの特色とし、 住宅と共存できる形で実現していこうという構想です。

画像b02z10
アジアギャラリー・パイロットショップ
 このアジアギャラリー構想のパイロットショップ「アジアギャザリー神戸」は、 市の土地を定期借地で借り、 コンペで選ばれた当地区の地権者の経営によるものです。 テナント集めに少し手間取っていますが、 後ろのシューズプラザが7月にオープンして一体になると、 少し形になるかと思います。 しかし、 換地が遅れたり、 このところの不景気も重なって、 集客については心配もあります。 最初は経営も難しいかと思われますが、 何とか前向に進んでほしいと思います。


いえなみ基準

画像b02z12
いえなみ基準の一例(戸建住宅の場合)
 いえなみ基準についてもテキストがあり、 いえづくりといえなみづくりを扱っています。 最初は単純に、 建物再建の際に役立つようにと思って始めたのですが、 後に街なみ環境整備事業の適用で助成金が出るようになり、 また景観形成市民協定として認定されるまでになりました。

 図は戸建住宅の場合のいえなみイメージを示しています。 内容は、 一般的なものといえますが、 例えば傾斜屋根等については、 陸屋根での雨漏りの経験が話される等、 単に見た目の景観だけでなく、 生活に則した話し合いの積重ねの中から見えてきたものです。

画像b02z13 画像b02z14 画像b02z16
いえなみ基準の一例(小規模併用住宅(店舗やシューズギャラリー等)の場合)
いえなみ基準の一例(シューズギャラリー等の場合)
街並み環境整備事業による外構等修景助成制度のあらまし
 

 店舗や工場についても、 傾斜屋根の使用を呼び掛けています。 また、 「見える工場」でも言及したように、 1階の店舗部分はできるだけ中が見えるようにと、 透明ガラスやシースルーシャッターを使ってもらうルールとなっています。 神楽町の共同化住宅の店舗や保育所等からシースルー化が始まっています。

 また街なみ環境整備事業助成で外構も助成され、 木も一本から補助の対象となりますので、 できるだけいえなみの中に緑を増やしてもらおうと呼び掛けています。

画像b02z17 画像b02z18 画像b02z19
街並み環境助成制度
助成手続フロー 建築事前報告書提出のお願い
 

 いえなみ基準が円滑に活用されるよう、 「いえなみ委員会」が設けられています。 これはいえなみ基準を締結している各協議会からの代表者の集まりで、 都市景観条例に基づく景観形成市民団体の認定を受けようとしています。 再建する建築主は、 いえなみ委員会に自主的に「建築事前報告書」を提出することになっています。 いえなみ委員会は、 チェックのうえ必要なアドバイスをつけて報告書の受取通知書を返送しますが、 建築主が市から助成を受ける場合はこの受取通知書を添付するしくみになっています。

画像b02z20
事前報告書の書式
画像b02z21
いえなみ基準に合わせたチェックリスト
 報告書の様式はいえなみ基準によるチェックリスト形式になっており、 建築主は建築の内容を記入し確認していきます。 これについては、 いえなみ委員会がアドバイザー部会を設置しており、 必要に応じて再建に関してアドバイスをしていきます。 この部会は、 先ほど報告された森崎さんや、 また緑地系では環境緑地研究所の松下さんにも入っていただいて、 毎月定例で開かれています。


コミュニティ道路

画像b02z22
コミュニティ道路のテーマ
 通りにはテーマを設けています。 JR通り、 アジア通り、 ギャザリー道路、 区役所通り、 シューズ通りなど、 まだ検討中ですが名前を付けて呼ばれています。

 この地域では、 条里地割による区画、 「坪」又は「町」がそのまま町丁単位のコミュニティとなっています。 地区幹線道路がこの四つの町(町丁単位)を囲む形で配置されますので、 この四つの町が「安全安心街区」、 いわば「都市の室」になります。

 この安全安心街区の中央に東西、 南北にコミュニティ道路的な性格の道路ができます。 これは、 一方通行の既存道路の活用ですが、 一部は拡幅されて14mコミュニティ道路となります。 協議会の検討では、 この14m幅員のうち車道部分は3.5mにおさえて歩道をゆったりとしたものにしようとしています。 平成8年の当初まちづくり提案どおり「せせらぎ」も折り込まれています。 電柱については、 関連の協議会が関西電力へ要望に行き、 14mコミュニティ道路やJR通り(兵庫駅鷹取線)で簡易の地中化を行うことになりました。 簡易ですから、 南京町のようにポールが立つということはあるようです。

画像b02z23 画像b02z24 画像b02z25
JRの駅前通り 駅前通り完成予想パース 駅前通り完成予想パース
 

 またJR新長田駅北口に接するJR通りはいつも自転車がぎっしりと詰まっていて、 駅前というより駅裏のイメージだという声が協議会から上がり、 改良に向けての提案を道路部会で検討されました。 内容は、 駐輪場の一部の移転と側道的な区画道路の歩道化です。 これによってJR通りは、 地区の玄関口にふさわしく緑豊かな安全で快適な通りとなりそうです。

 駐輪施設の一部移転は、 JR線南側のJR用地(三角地)を利用する方向で検討が進んでいます。


これからの課題

 このように、 3年目に見えてきたビジョンに今やっと種火が付いた状態ですが、 同時に長田の構造上の問題がこれからの大きな課題として見え始めています。

 当地区では、 震災前の世帯の6割程が借家世帯でした。 また貸工場が起業家を育てました。 このようなかつての地域産業を支えた町のしくみがほとんどくずれています。 多分、 長屋の持ち主等の換地更地が残ると思います。 「地区の活性化」がたいへん大きいこれからの課題です。

 また長田では、 震災復興市街地整備事業により、 これから大きな道路と公園の整備段階に入ります。 これが20世紀型最後の開発なのか21世紀型開発として評価されるかは、 杜の下町の「杜」、 すなわち環境共生の視点で公共施設の整備を行うかどうかにかかっているように思います。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


このページへのご意見は阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク

(C) by 阪神大震災復興市民まちづくり支援ネットワーク

阪神大震災復興市民まちづくりへ
学芸出版社ホームページへ