通常、 平台や棚には本が入っており、 なにもない平台、 何もない棚にお目にかかれるのは新規開店のときくらいのもので、 書店人と言えども、 こうした環境に立つことは少ないはずである。 そして日ごろ、 あれもしたいこれもしたいと思っていても、 空白の平台や棚の前でなにをしたらいいのか分からなくなるものである。 しかし販売の原点はこうした何もないところから始まるのである。
でも現実の仕事場は、 棚がいっぱいで入れたい本も入らない。こういう恵まれ過ぎた環境が、 販売の創造性を失わせていると言ってもいいだろう。 常備という制度により、 出版社が選んだ本が陳列されているとはいえ、 基本的に書店の店頭は、 書店が売りたい本だけがあるはすである。
例えば、平台に積みたい本が6点あったとする。 すでに平台は商品で一杯、 なにかを外さねば新しいものは積めない。 このとき10人の書店人の取った行動は皆別の筈である。 外したものや陳列位置はそれぞれの思惑によって違うはずだ。 このとき瞬時に判断した外すべきものの選択と、 どこに何を置くかという創造性が発揮されたからだ。 何もない平台、 何もない棚に向かうときにはさらに創造性が要求される。 だからいつもいつも何もない平台、 何もない棚に向かうつもりで仕事を進めれば、 必ず読者に喜ばれるものになるはず。
いつかあなたが新規開店に立ち会うことがあれば、 何もない平台と何もない棚から一つの店が出来上がる感動を得ることが出来ると思う。 それは日々何もないところから発想できる人だけが味わうことのできる感動でもある。
ところで、 ぼくは一度だけ、 何もない棚に向かい合うことがあったのだけど、 本がないと書店の空間って、 ほんとにトボケタものだった。