65番目

《書店人の手袋の謎》

 棚詰めをしている書店人の手に手袋がはめられているのを目撃したことはないだろうか。これは本に自分の手垢がついて汚れるのを防いでいるのではない。 まして寒いからでもない。 本を素手で触ると手が荒れるからである。 本は汚いものである。 かなり汚れている。更に、 紙は油を吸収しやすく手をガサガサにする。 これを嫌っているのだと思う。
 普通、 小売店で手袋をはめるのは食品関係で、 雑菌を商品に付けない為の配慮であることが多い。 手袋をした書店人が棚を触っていると、 その棚や本がひどく汚れているのだ、 汚いものなのだ、 という印象を与える。 確かに本は結構汚れているのだが、 「汚いのですよ」 とわざわざ店員が読者にアピールすることはない。 そしてこの人は本が好きではないという印象さえ持つ。 本が嫌いな人がいる書店に良い本があるはずがない、 そうも思える。

 書店人は本を触ることが職業である。 本を触るのが楽しいはずだ。 本を触ることを目指してその職業を選んだのだ。 手が荒れるのはしかたがないことなのだ。 メンテナンスは家に帰って十分すればいい。

 実は手袋をした書店人を見かけたのは、 1度か2度のことである。 だからこの話は特殊なケースなのだ。 そういうことだから、 この話は、 本が好きでない人に本を売ることはできない、 ということが言いたかったための逸話として読んでいただきたい。 手袋をして棚詰めをする書店人なんて、 そういるもんじゃないですよね?

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