「書店経営」99年2月号掲載

《「差別化」「コンセプト」という落とし穴》

《棚は単品の群れだ》
 書店の品揃えについて《差別化》という言葉が使われているが、平たく言えば、「競合店に置いていない本を置くこと」というくらいの単純な意味で使われているのだと思う。具体的には、競合店に専門書がなければ、専門書を置くということだ。あえて差別化と言うのだから、それなりに意味があるのかと思うと、たいていこのようなことが多い。競合店がやっていないこと、それはまさか、競合店が文庫を置いているので自店では文庫を置きません、なんていうことを冗談でも《差別化》なんて言ったりしないでしょうね。

 差別化というのは、例えば、岩波文庫を競合店では売行良好なものしか置いていないが、自店では常時すべてが揃っている、というようなことだ。この常時というのがポイントで、欠本だらけだと何の意味もない。差別化というのは単品において何が陳列されているのかということであり、店の規模が大きかったり、棚の案内板の項目がひとつ多いと言うことではない。要するに棚は単品の集合体であり、1冊1冊を、読者にどのようにアピールするのかということが差別化であり、そうすることで棚を生かすということだ。だから実用書のペットのコーナーに他店ではやっていない専門書を含めた動物の本が陳列されているようなことを差別化と言うのである。

 最近開店した書店での話である。自店はビジネス街に出店するので、独自のマーケティングをした結果、ビジネス書を店のメイン商品にし、展示場所も店の中心に据えるのが店の《コンセプト》だ、という店があったので出掛けてみた。すると、入口に最も近い売り場のすべてがビジネス書のコーナーになっていた。読者に目に付きやすい入口近くは、文芸一般書や雑誌というのが基本だと思うのだけど、ここはビジネス街だからビジネス書で勝負するのだと店の人は言う。コンセプトは面白いと思うのだが、ビジネスマンだからビジネス書を買うというのは、いたって短絡的すぎないのか、と僕は思った。ビジネスマンのすべてがビジネス書を買うのだったら、どの書店も笑いが止まらないはずだ。それはどの書店だって、お客のほとんどがビジネスマンだからだ。
 僕は、書店の品揃えは読者が決めるものだ、棚はお客が作っていくものだと思うし、お客のニーズに対応し、日々変化していくことが書店の棚の在り方だと考えている。ビジネス街にある図書館(そんなものはないか?)なら「さあみなさん,お仕事に役立てるためにビジネス書をふんだんに揃えました」というのはOKだし、「みなさんが普段見られない専門書をたくさん用意した図書館の開館です」というのもOKかもしれないが、本を売ることで生業を立てようとする場合、ニーズの存在しない、あるいはあっても大きな売上にならないと予想できる商品を、《差別化》あるいは《コンセプト》とし称して品揃えすることが必要なのかどうか、大きな疑問だと思う。

《書店のアメニティ》
 結局のところ《差別化》も《コンセプト》も書店の自己満足ではないのか、と思う。新しい試みを打ち出している書店には大変失礼な言い方かもしれないが、欲しい本が手に入る、新しい本と出会えるというのが読者にとって書店のアメニティである。要するに本が主役なのである。本というのは本がまとまった棚のことではなく、単品のことである。商品はたくさんあるけど、欲しいものがないという店は、書店に限らずたくさんある。商品がたくさんあることは、お客の選択肢を増やすことにはなるが、それが売上の増進と直結しているとは言いにくい。規模が大きくゆったりしていて清潔でサービスも行き届いているが、玉が出ない台ばかりのパチンコ屋より、薄汚れているしサービスもよくないが、玉がよく出るパチンコ屋の方が人入りが多いという現実をパチンコファンなら経験していると思う。パチンコ屋のアメニティは玉がよく出ること、書店のアメニティは欲しい本と出会えることなのである。僕は、奇抜な考え方や新しいアイデアを否定している訳ではない。それぞれの商売というものは、お客の頭の中にそれぞれのスタイルが固定観念として植え付けられているものである。洋服屋ならこう、食器屋ならこう、雑貨屋ならこう、CD屋ならこう、というようなイメージだ。書店の場合こういう傾向は他の商売より極めて強い。例えば、法律の棚があるとしよう。当然のことながら岩波書店と有斐閣の六法はあるべきである。これがない場合、読者の落胆ははかりしれない。法律というプレートがかかっているのに、あるべきものがないのは、洋服屋に行って背広がないのと同じくらいショックである。そして「現在補充中です」という言葉くらいむなしいものはない。

《継続してこそ》
 《差別化》にしろ《コンセプト》にしろ基本的な部分(読者が欲しい本がある棚であるということ)の品質を継続させてこそ新しい読者を獲得し、そして新しい書店が生まれる。差別化し、コンセプトを立ち上げた時、あるいは新規開店した時の棚はそれなりに一定の水準に達している。それは書店、取次店、出版社が知恵を絞って品揃えしたからだ。しかし、そういうものばかりで商品構成されてはいない。だから開店以降は更に棚の品質を向上させるためのチェックを怠ってはいけない。特に差別化だとか新しいコンセプトだとか言う場合にはそれが重要だ。少なくとも立ち上げ当初の棚の品質だけは最低限維持しなくてはならない。しかし僕が知っている限りそれが維持されている書店は少ない。さらに1年も経たないうちにあきらめてしまう書店も少なくない。当初はあるべき棚にあるべき本があったのだろうが、売れ行きが芳しくなかったり、担当者が変わったことで店の考え方が伝わっていなかったりして、商品に対する緊張感がなくなってしまい、欠本が生じ棚の品質を落としてしまうのである。その結果、売上は下がる一方というのが、よくあるパターンだ。

 書店は新しいアイデアやアメニティをドンドン導入すべきだと思う。しかしそれには大変な努力と継続の忍耐が必要であるということを忘れてはならない。出版社や取次店に対して、「やってみたけどダメでした、本は返します。」、そんなことがこの数年続いているように思える。商品管理や棚の品質管理が不十分になったのは人手不足(人材不足)によるものだとか、計画や読みの甘さだという弁解は通用しない。棚を作り続けることは書店の当然の仕事だし、その書店をバックアップするためにどれだけの汗が流されたのかわからないからだ。

 単品の動きや商圏内の読者ニーズは日々の売上から少なからず把握できるはずだ。競合店に勝つためには、まずそこから始めるのが正しい。また新しいコンセプトを導入する場合はそれが継続可能かどうかをコストの面から十分に検討する必要がある。失敗による安易な撤退は、読者のみならず業界からも黒星をつけられることになるはずだ。

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