「書店経営」3月号掲載

《百万回の棚整理》

■暇がないとは言わせない
 書店の仕事は棚整理に始まり、棚整理に終わるのだと僕は思う。
 書店の棚を見ていてガッカリすることは、本が整理されていないことだ。オビが破れたまま放置されていたり、本が棚から飛び出していたり、番号順に整理されているはずのシリーズものの順番がバラバラだったり、数冊の本が抜けたままで棚の本が傾いていたり、誰の仕業か知らないが、平台の上に棚にあった本が乗っていたり、ネコの本とイヌの本がごちゃまぜになっていたりすると、こんな店にはきっと良い本なんてないに違いないと思ってしまう。だってそうでしょう、スーパーマーケットでこの有様だったら買う気がしますか。香辛料の棚にポテトチップの袋があるような店で。
 50坪の書店のアイテム数は、500坪のスーパーマーケットより圧倒的に多いと思う。アイテム数の少ないスーパーの場合、ネギのボックスに大根があれば、ああ乱れているなとすぐにわかるわけだけど、アイテム数の多い書店の場合、商品の乱れは棚の前に立たないとわからない。だから棚の整理はこまめにやる必要があるのだ。
 で、こういうことを書店の人に言うと、
「やっていますよ。ほらきれいでしょ。」と胸を張って言う。
「それって、本を棚の奥へ押し込んで揃えただけじゃないんですか。」
と言うと、たいていその後は無言になってしまう。
 棚整理というのは、洋服屋がよくやっている試着後に乱れた洋服をたたみ直すようなことを指しているのではない。もちろんそういうことも含まれるが、棚整理とは1冊1冊について、展示場所だとか、汚れだとか、売れているのか売れていないのか、棚全体と商品のバランスだとかを見ることなのだ。たまには1冊抜き出して、それがどんな内容の本なのかを見ることだって含まれる。 こういうことを書店の人に言うと、
「そんなこと、忙しくてやってられませんよ。」という答えが返って来る。本当だろうか。一日中慌しく店の中を駈けずり回らなければならないほど、本が売れているとでも言うのだろうか。
 棚は一日中大混雑しているような超優良店を除けば、そうそう乱れるものではない。少し気を付けていれば、棚は美しい状態を維持できるはずだ。そう、「少し気を付ける」だけでいい。棚に本を補充する時や、お客さんが途切れた合間とかそんな時でいい。そんな時に棚の前に立って欲しい。もちろん棚から本を抜き出して触って欲しい。そうすれば本の質感を感じられるはずだ。カバーの紙質や本の厚みそして重さなどだ。それからデザインや書名が目に入るはずだ。本を物として実感して欲しいのだ。毎日背表紙しか見ていず、平面的な存在だった本がリアルに感じられると思う。実は、この本を1冊1冊リアルに感じることが本を覚える最短の道であると僕は信じている。つまり棚整理とは本を覚えるための行為でもあると言えるのだ。

■いつもビールがうまい理由
 書店の棚というものは図書館ではないのだから常に伸び縮みしている。どう言うことかというと、ここに30冊入る棚があるとしよう。図書館ではその棚に収容すべき本が決まっている。だからその棚は本が抜けたとしても別の本を補充することができない。しかし書店の場合30冊入る棚から5冊の本が抜けたらストックから補充しなければならないし、もしなければ溢れ出した本でカバーするとかして棚を埋めることになる。つまり30冊入る棚に収容されるべき本は補充回転中の本を考慮した30冊以上の本が入っていることになる。そう、書店の棚は30冊以上収納できるように伸びるのである。逆に30冊入る棚が面出しにより25冊しか入らないならこれは棚が縮んでいる状態である。この棚の伸び縮みをコントロールすることは、棚整理では特に重要なことだ。これを怠ると棚に本が寝転んだような状態になる。30冊入る棚に常に30冊の本が並んでいるというのは売れていないということで、これは話にならない。寝転んでいるというのは売れたということだけど、売れてよかったねというだけでは、これも話にならない。棚は本を売るためにフル稼働していなければならない。
 流通が改善され補充スピードが向上したとはいえ、売行良好書のストックは不可欠である。売れたらすぐに補充する。売行良好書が棚にない日を作らない。これは、売上をアップするための基本中の基本である。棚整理とは売れ筋を発見した上で、その棚の品質が常に一定であるようにすることである。棚の品質管理は棚整理によって作り出されるものである。いつもビールがうまいのは、どんなときも一定の味になるよう品質がコントロールされているからなのだ。書店の棚もこうじゃないと誰も見向きもしない。

■本に触るべき人は誰か
 わかっていただけたかと思う。棚整理とは、本をキチンと並べる作業のことではないということだ。理屈の多い説明になってしまったことを反省しているが、簡単に言えば、本に毎日毎日触ってさえいれば、本を覚えられるし、その棚がどのような販売状況にあるのかが分かるということだ。
現場の担当者が、
「どうしてこんな売れない本をいつまでも展示しているんですか。」
という質問をするようになれば、それはもうその人が棚整理の意味を理解しているということだ。今日入ったばかりの新人のする棚整理との違いは明らかだ。
「でもねえ、そんなことがわかるようになるまで、どれくらいの経験が必要になるかわからないじゃないですか。そんなキャリアができるまで待てないですよ。」
というのが現実だと思う。しかしこれをやらない限り売上は上がらない。とりあえず売れていればいい、というのならそれでもいいだろう。近年の厳しい競争に勝ち残りたいのであれば、棚整理がキチンとできる人材を確保しなければならない。どんなことがあってもだ。

 でも心配はご無用。これって本当は割りと簡単に身につくものなのだ。キャリアがどうだこうだという次元の問題ではない。とにかく最初の内は闇雲に本に触ればいいだけの話なのだ。あなたの店ではどれくらい担当者に本を触らせていますか。棚の前でどれくらい本について話をしていますか。本を1冊1冊抜き出して本の話をしていますか。きっと担当者は入荷した本を棚に差したり、平台に積んだりするだけ、管理者は雑用に追い回されて棚を見ている暇もないというのが現場の実情ではないかと思う。僕は、売るために棚に陳列された本を、商品として実感するために必要な時間は3カ月もあればいいと思っている。個人の能力には差があるので一概には言えないが、1日3時間程度、棚への補充も含め、棚の本を触る時間があれば10坪の範囲で棚整理の考え方が身につくと思っている。ただし管理者が雑用で走り回っているようではそれもおぼつかない。管理者が棚の商品についてしっかりとした知識を身につけていることが大前提だ。
 あれ、もしかすると、棚整理を忘れてしまった管理者こそ、今最も本に触らなければならない人たちなのかもしれない。

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