「書店経営」4月号掲載分

「釣れた」ではない、「釣る」だ

■未熟なバサー
 書店の棚で「フィッシング」というと、なんとなくオッサン臭いジャンルなのだけど、なかなか渋い動きする。そして今、その中で比較的よく動いているのはブラックバス(以下バス)に関する本ではないだろうか。バス釣り人口が100万人というのだから、大ブームと呼んでもおかしくない。だから本も売れるという訳だ。
 僕の住む家の近くを流れる川には、休日ともなれば、アウトドアファッションを身にまとった若者が多く訪れるし、マイナーなポイントであるにもかかわらずルアーを投げる姿が目に着く。僕が愛読している「月刊バスワールド」は、ブームが加速するに従ってその厚みを増した。僕はこのブームに乗って2年前にバサー(バスを釣る人)の仲間入りをしたが、まだまだ未熟なバサーだ。だから1シーズンに10匹くらいのバスしか釣り上げることが出来ない。1匹も釣れない日が続くと、もう止めてしまおう、なんて思ったりする。でもまだまだ勉強が足りないのだ、と自分に言い聞かせている。

■竿の先で閃いた
 ある日僕は、いつもどおりの場所でいつものようにルアーを投げながら、バス釣りって本を売るのと同じじゃないか、と気付いた。それは他の釣りの仕掛けがほぼ一定なのに対し、バス釣りは、状況の変化に合わせて次々と仕掛けを変えていく釣りだという点が、書店の店頭で本を売ることと似ているのではないかと思ったからだ。こう閃いた時、僕は品揃えが悪かったり、商品管理が出来ていない書店が、僕のような未熟なバサーのように思えたのだ。

 「バス釣り」と「本を売ること」が似ているのはこんな点だ。
・バスは季節によってストラクチャー(バスの居場所)を変える魚である。つまり学習参考書や旅行ガイドのように季節変動するという点が似ている。深みにバスがいるシーズンに岸際の浅瀬を狙っても無駄なのだ。一年中同じ仕掛けで釣り糸を垂れている書店には、バス(客)は見向きもしない。

・バスは漫然とルアーを投げていれば釣れる魚ではない。バスがルアーに興味を示すように釣り人がそれを動かさなければならない。これが上手か下手かで釣果は雲泥の差となる。どんなに釣れるルアーと言われるものを使ってもだ。ベストセラー必至と言われる新刊でもその展示方法が間違っていれば、見込んだ数字は出ない。

・バスを釣り上げるためには、他の魚釣り同様仕掛けが必要だ。ルアーの場合形、色、浮くのか沈むのかそんなことだ。仕掛けを間違うとバスは全く興味を示さないし、バスが逃げてしまう事だってある。ブックフェアーだとか、日々売りたいものをアピールするとか、特に力を入れるジャンルを持つとか、そういう工夫がないと読者が見向きもしない。

・バス釣りの基本は、どこにバスがいるのかをつきとめることが最も大切なことだ。地形や天候から判断するのだが、天才バサーだってバスのいないところでバスを釣り上げるのは不可能だ。書店だって、いくら「良い本だから買ってね。」と言ったところで、その本を読む読者がいなければ、無意味なのだ。

・バスは、オイカワのような小魚を食べて生きている。しかしバスの卵を狙って食べるはオイカワなのだ。単純な食物連鎖だけど、これを共存と言ってしまっても良いかもしれない。僕達バサーは、バスを釣り上げるとすぐに川や湖に逃がしてやるのだけど、これは釣りというレジャーをいつまでも楽しむために限りある資源であるバスを元の居場所に戻すということだ。人間の勝手な理屈かもしれないが、これも共存だ。書店だって商売相手を潰しにかかるような品揃えをすると無理が出て、結局自店の首を絞めるようなことになる。自店の得意な客と他店の得意な客を分けあって棲分けした方が結局お互いの利益になることもある。

■バスを釣るためにすべきこと
 こんな風に僕はバス釣りからいろんなことを教えられたのだけど、やはり釣れないと面白くない。書店の経営は、いろんなコンセプトや方法論で行われているが、どんな立派な理論だって売れなければ単なる理屈にすぎないってことだ。釣れるということや本が売れて儲かるということ、この現実的な喜びを得るために何をするのかということが大切なのだと僕は思う。そう1匹のバスを釣るために何をするのかということだ。
 まず一つ目は、バスのいるところを見付ける目を持つこと。それは数多くフィールドに出て経験するしかない。バス釣り専門紙の情報なんて単なる情報にしか過ぎないし、過去の情報でもあるからだ。書店の場合なら、お客さんを観察したり、何が売れているのかを日々の仕事の中で意識を持って見ることで、自店で何が売れるのかが分かって来るということだ。人から聞いた情報や噂にまどわされないしっかりした品揃えこそ、確実に売れる書店をつくるコツである。
 2つ目は、仕掛けを理解し、その使い方をマスターすることである。バスに口を使わせて疑似餌であるルアーにアタックさせるためには、違和感のないルアーの動かし方を身につけることと、その時々の状況に合わせたルアーの選択ができるようになることである。書店の場合なら、品揃えをお客さんの嗜好に最大限近付けるようにし、ブックフェアーやミニコーナーなどで常にお客さんがお店に興味を持つような仕掛けを作っておくことだ。店に本や雑誌を並べておくだけでは売上の増進はありえない。バス釣りの場合、漫然とルアーを動かしていて釣れた場合、それを「釣った」とは言わない。「たまたま釣れた」と言うのだ。たまたま売れた商品は、どこでも買える商品であり、それを買ったお客はまた別の書店で本を買ってしまう客である。
 最後にやはり道具である。「腕を上げたければ優れた道具を使いなさい」とバスフィッシングのプロは言う。釣りは微妙な感覚が大切であり、その感覚をサポートしてくれる優秀な道具がなければ、上達はない。でもそれには金がかかるが、しかたないことなのだ。僕はそのためにコツコツと小銭をためている。大きな喜びを得るためには、いくらばかりかの投資は不可欠なのである。書店の場合、以前なら書架とレジスターがあればそれでOKだった。しかしそれだけで売上は上がらない。ある程度のお金をかけなければ売上は上がらないというのは現実なのだ。人件費を削減するために業務を機械化し、人を減らした結果、店舗や商品を掌握できる有能な人材がいなくなったとか、金がかかるからPOSなどコンピュータによる業務はやらないとか、そういった金をかけずに金を儲けるというような発想から売上増進は望めない。

 僕は、今日も自分のフィールドにバスを求めて出掛けるつもりだ。今日もたぶん釣れないと思う。でも出掛けるのだ。いつの日にか僕の投げるルアーにバスが反応し、「もう参った」というくらいバスが僕の仕掛けに食いつく日を夢見て。

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