書店経営8月号掲載分

《商品が店に並んでいる理由》

■美しく揃える
 出版社から常備品が詰まったダンボール箱が届く。その山を見て、入替作業のことを考えるとうんざりしてしまう書店さんの気持ちは痛いほど分かる。しかし常備入替をした後、その出版社の本がいつもより多く売れることに気付くはずだ。それは、常備入替という大仕事のご褒美とも言うべき売上である。
 常備商品というのは、常に店に展示しておくべき本のことで、欠本があったりしてはならない。しかしながら欠本というのはどうしても発生してしまうもので、常備入替という作業を通じて欠本が補充され、それが読者の目に触れて売れるのだ。入替をしなければ、この売上はなかったことになる。それから、真新しい本に入れ代わることで、購入意欲を増すということも大きな要素だ。つまり常備入替は店頭商品の「更新」という大切な役割があるのだ。そう考えれば自然と常備入替にも力が入るというものであろう。

■常備って何
 さて、常備(寄託)商品について確認しておこう。常備のことは分かっているよ、という声が聞こえて来そうだけど、出版社の人間としてちょっとだけ言わせて欲しい。なぜなら最近、常備寄託という用語の「寄託」の意味を誤解している人が多いからだ。ひどい場合など常備「委託」なんていう人もいるくらいだ。
 で、常備寄託ってなんだろう。
「初回仕入れ分については、一切金を払わなくてもいい商品を、出版社から預かること」だ。誤解を恐れず以上のように言い切ってしまう。その方が分かり易いからである。ここで、えっ、そういうことだったの、という声は上がらないと思う。基本事項だからだ。「寄託」というのは預かるということだ。つまり常備寄託品は書店の店頭にあるけど、実は出版社が所有している本なのだ。そしてこの制度のお陰で、書店は大きな資金負担なしに商品を品揃え出来るというわけである。出版社から言えば、品揃えをしてもらえる、書店から言えば、資金ゼロで品揃えができる、めでたし、めでたし、という構図だ。しかし、こんなに都合のいい制度に、条件がないはずがない。その条件を出版社側は、「初回仕入れ分はタダなんだから、次ぎの条件はクリアしてね」と言っている。
1.預けている本が売れたら、絶対に補充してね。その分は請求するから。
2.1年経ったら、一度本を全部返してね。いろんなことがあって、売れたのに補充されてなかったりするから。最初に預けた本の中で、なくなってる本があったら、請求するからね。
3.勝手なお願いだけど、初回仕入れ分がタダになる商品は、出版社側で決めるよ。「常備セット」というものだ。もしかするとお店に合わない本があるかもしれないけど、ちょっと我慢してね。
4.セットが欲しい書店さんすべてに本を置いてもらって、どんどん売ってほしいのだけど、そうすると在庫がなくなるから、常備セットを出す書店さんの数を制限しています。
5.そうそうタダなんだから、セットの本はすべて棚に出してね。途中で返品しちゃダメだよ。
というような条件を出しているわけだ。しつこいようだが、タダで商品が手に入るのだから、書店さんはこれくらいの条件はクリアして欲しいと出版社は思っているわけだ。
(タダと言うのは、常備品を100冊預かって100冊返品すれば、支払いはないという意味)

■常備セットの素顔
   実は、常備には弱点がある。それはセットであるということ。マクドナルドの何とかセットのように、とりあえず誰もが満足するであろう商品の組み合わせである以上、俺はポテトはいらないよ、と言ったところでセットに含まれてしまう、というようなことが常備セットにも起こり得る。ポテトが不要なら単品で注文することになるのだが、そうすると高くなるからやっぱりセットがお徳、というような感じだ。出版社はせっかく常備してもらうのだから、書店の販売に合わせたそれぞれのセットを作るべきなのだろうが、そんなことは数が多くて到底できない。不要なものがセットに含まれていたとしても、それは辛抱してね、としか言えない。だから必要なものがない場合は、注文して品揃えすることになる。つまり常備セットは出版社にとって万能な商品の群れであるが、必ずしも個々の書店にとって万能ではないということだ。

■常備入替どうしてます?
 基本作業は、棚にある対象となる出版社の本を全部抜き出して、新しい常備セットの本を棚に入れるということだ。これで正しいと言えるが、常備セットは毎年銘柄が変わっていること、常備入替月の3カ月くらい前の新刊はセットに含まれていないことを考慮しなければならない。棚からすべての本を抜き出すと、その店では売れている本なのに、昨年まではセットに入っていたが今年はセットに含まれていない本や新刊まで返品してしまうことになる。毎年毎年同じような銘柄を出荷する出版社は少ない。なぜなら販売効率を高めるため、全体の売上を考えて、常に商品を更新する手法を出版社が取っているからだ。ある店では、まだ売れているのに、という商品が常備から外れてしまうことだってある。ある店では売れているが、全国的には売れていない商品はセットにふくまれない。マクドナルドのセットと同じだ。また出版社にとって常備のセット組作業は、その量において時間がかかるものだ。またそれらを流通させるための段取りは、取次店との打ち合わせを含め、時間がかかる。だから新刊は、どうして3カ月ほど前のものしか入れられない。
 常備セットがこういうものであるということは、店に展示しているある出版社の本を全部抜き出して、新しい常備セットを入れることが、いかに商品構成を台なしにするにするか分かると思う。本を棚から抜き出す時や新しい本を棚に差す時に、その1点1点について、売れ行きを吟味しながら作業を進めることが肝心になってくる。しかし実態は、抜き出しと棚詰めの単純作業化していることが多いのではないだろうか。更に、去年と同じ銘柄を常備するから伝票切替にしようなんていう書店もあるくらいである。
 繰り返しになるが、常備入替は、年1回行う店頭に展示しているある出版社の本の「更新」が第一の目的である。以前のように毎年同じような銘柄を常備セットにしている出版社は極めて少ない。そして1年間借りていた本を出版社に返して、その清算を行うことも大切なことである。

■常備品は脇役
 常備制度についての賛否は別にして、この制度が、資金の面で書店経営に果たす役割は大きい。それゆえに常備品に頼った品揃えになりがちだ。しかし常備品の特性については述べたとおりである。常備品だけで店が魅力的なものになることはあり得ない。棚に本が溢れんばかりに並んでいることが品揃えではない。棚にある本1点1点が読者のニーズに応えているかが重要だ。常備品は店の売上の一部をサポートするが、売上の伸ばすためには、極めて非力な存在であることを忘れてはならないと思っている。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ