書店経営10月号掲載分

《安売り玉子を手にするには》

■配本はありません
新聞広告の切り抜きを持って来たお客さんに、
「その本は入っていませんね。」
と答えなければならないことが度々起きる。なぜなら広告に掲載されたすべての本がすべての書店に配本されていないからだ。当然と言えば当然のことだが、読者にしてみれば、
「新聞広告に載っているような本も置いていないのか。」
と配本のなかった書店に落胆してしまう。そのことについて、書店はあきらめているし、出版社が勝手に打った広告について、いちいち気にしていない。大手出版社のそれなら少しは気になるのだろうが、書店では三八広告などほとんど見ていないのではないだろうか。その理由は、三八広告に掲載された本が配本される確率が低いからだ。
 僕は、ここで出版社や取次店の配本の仕方について問題にしたいのではない。書店はどんな風に商品情報(新刊情報)ついて考えているかということだ。

■商品情報の受け止め方
 書店では商品情報を収集することについてあまり熱心ではない、と僕は思っている。「トーハン週報」を隅から隅まで読んでいる人は少ないのだろうし、売るための本は取次店から配本される本がすべてだ、というような感覚が染み付いているような気がする。そんなふうだから、商品について、入荷時に、
「ああ、こんな新刊が出たのか。売れそうだな。」
というような認識の仕方だけになっているように思う。新刊発行前に
「こんな本は売れそうだな。事前に注文しておかないと。」 というような考え方をする人は少ないのではないだろうか。事前注文の対象になる本は、出版社や取次店が煽るベストセラー対象商品であることが多いはずだ。大量に発行される新刊情報について、それらを事前に何らかの形でチェックする余裕がないというのがその理由だろうが、多くの場合、それらに無頓着であるのだと僕は思っている。新聞広告に載った配本されない本についても同様だ。
「配本されなかったから、ありません。」
ただそれだけのことで終わってしまっている。その言葉を発する時、痛みすら感じなくなってしまっているのではないだろうか。配本されて来る本だけでなんとか食えるのだから、気にすることもないのかもしれないけれど。

■情報誌が売れる理由
 書店の店頭で情報誌がよく売れるのは、興味を持っていることについて、たくさんの情報を手に入れたいという欲求があるからだ。カメラに興味のある人はカメラ雑誌を毎月買うだろうし、グルメ情報は書店の定番だ。旅行に行くときはガイドを買うし、ファッションにうるさい女の子はファッション雑誌を何冊も買っている。僕は、「月間バスワールド」を欠かさず買っている。書店の場合で言えば、本を売ることが最大の興味なのだから血眼になってその情報を探そうとしなればならないのだけど、なぜかそれに積極的じゃない。出版社から郵便やFAXで送られて来る新刊案内がデスクに山積みされていて、結局目を通す時間がなくゴミ箱直行なんていうことはよくあることだろう。なぜそうなのか、理由は簡単だ。そうしなくてもなんとかなるからである。たとえ情報に目をつぶっていても、本は入荷するし、配本されたものを売っていれば、それなりに売上があるからだ。自分から動かなくても何とかなれば、楽な道を選ぶのが人間の悲しい性というものだ。
 配本されるものだけを売っていたんじゃ売上が上がらないのは実感されていると思う。広告を見て、配本されていなければ注文すれば本は入ってくる。しかし広告に載っている本をすべて注文していたのでは持たない。だったら何を注文するのかってことになる。それはあなたの店に来る読者が読みたいと思っている本だ。だが広告に載った本について何が売れそうなのかそれがわからないというのなら、勉強する以外に手はない。あなたは本を売って生活しているのだからそうすべきことなのだ。

■テレビを見よう
 テレビも見られないような忙しい生活をしていたのでは、ニーズが何だなんて語れない。流行はテレビが作り出しているのだ。テレビドラマの主題歌やCMで使われないとヒットしない音楽業界の状態がそれを端的に表している。だからテレビで取り上げられている話題や流行のトレンドは最低限身につけておきたい。でもきっと書店さんはテレビを見る暇もないくらい忙しくて今何が話題で流行しているのかなんてまったくわからないのではないだろうか。テレビは具体的に何が売れます、なんていう情報は流していない。だから見ない、というのでは話にならない。テレビ番組の中に棚づくりのヒントがいっぱい隠されている。なぜならテレビ番組というものは、一部の番組を除けば、大衆というものを最大限意識して作られているからだ。ニーズのないものは作らない。視聴率が悪ければスポンサーから見離されてしまうのだ。メディアを通じて消費が形成されている出版物を取り扱いそれでメシを食っている以上、テレビを見ずに生きていけるとは思わない。仕事なんて明日やればいいのです。早く家に帰ってテレビを見ましょう。そうすれば家族団欒のひとときだって手に入るし、何が今世間で話題なのかだってわかるというものだ。

■玉子が安いのはどこか
 ここで気づいて欲しい。もうわかったと思う。広告だってテレビだってそれか掲載されたり放映されたりしたからといって誰も教えてはくれないし、ましてや取次店からこれは話題の本ですよと言って配本してくれる訳ではなのだ。当然のことだが、売れ筋の仕入れは自分でするものなだ。日々集めた情報の中から自分で売れ筋を発見していくのだ。自分の住んでいる地域でどこのスーパーが一番安いか主婦は知っている。新鮮な魚が手に入る魚屋を知っている。今日一番安く玉子が手に入るスーパーの情報は朝一番に獲得している。
 そうなのだ。単純な理屈だけど、主婦は生活を守るためにチラシや口コミそして実際に足を運び情報を集めそれを活用している。これは努力ということではなく、自然に身につけている事柄なのだ。書店だって売りたいもっと売上を上げたいという気持ちがあれば、もっともっと積極的に商品情報をかき集めなければならない。そして何が売れるのかを判断するためにその本が書かれた、そしてそれを読みたいと思う人の基盤を知らなければならない。どこそこのスーパーでぶどうが安いと知ったところでぶどうの味やなぜおいしいのかを知らなけば買わないのと同じ理屈だ。書店の棚は、専門店を除けば多種多様の本が並ぶ一種の「世界」である。そのすべてを知ることは容易なことではないが、あなたの店に陳列している本について、なぜ陳列しているのか、そして陳列された本がなぜ売れるのかということを考え、棚に並ぶ本1点1点について執着を持つために、僕は配本される本だけで満足してしてはいけないと思う。配本されなかったが、店で売れそうな商品を探し当てなければならないのだ。溢れる商品情報の中で漫然と構えていると、安売り玉子を手に入れられない主婦になってしまう。

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