書店経営12月号掲載分

《本を売るということ》

■変わりはしない
 書店の風景が変わったということを僕は連載の第1回目で書いた。そのことをニーズの変化によるものだと言う人がいるが、僕はその言葉を信じない。なぜなら本を読む、そのために書店に行って本を買うという行動は、変化のしようがないものだからだ。ニーズに敏感なスーパーマーケットを見ればそれは一目瞭然だ。レイアウトや陳列される商品の種類は、僕の知る限りここ30年は変わっていない。変わったのはそこに並んでいる商品の銘柄だけだ。ニーズというのはそれに対する指向のことで、時と共に変化する。その変化に合わせてそれらは生まれ消えて行く。書店なら本という商品のことだ。商品が時代と共に変化して行くのは、どの物販でも同じだ。しかしその見せ方や売り方は普遍だと僕は思っている。食品なら食品の、電気製品なら電気製品の売り方があり、本には本の売り方がある。僕が書店の風景が変わったと言ったのは、その売り方が変わってしまったように思ったからだ。読者は変わらないのに、書店だけが変わってしまおうとしていることに違和感を感じたからだ。

■ 売れる書店、儲かる書店
 「書店は儲かる。」と誰が言ったのだろう。大きな利益を上げている出版社なんて少ないのだから、儲かっている書店も少ないはずだ。単価が安く、利幅が小さい本を売って、儲かるのだという発想はどこから来ているのだろうと僕は素直に思う。
 書店の場合、「売れる」ということがすなわち「儲かる」ということに直接つながらない。それは販売経費が高いからだ。その多くが人件費と家賃である。人をたくさん使って売ることを目指せば、売上が上がっても利益は上がらない。儲かる書店を目指すなら、少ない人手で書店を運営することが、高い利益を生み出す近道。そうした考え方の中で、今、機械化が進み、社員一人当りの担当売り場面積が拡大している。高い専門性を要求される書店店員の業務に大きな負担がかかっている。儲かる書店を目指す手法は、売れる書店を作り得るのだろうか。
 当然だが、商品が売れなければ儲からない。儲かる書店を目指すために、今では商品を売ることは、POSとアルバイトに任せている。社員はその管理に当るということになる。POSデータはもっぱら今現在売れているものの把握に利用されているだけで、過去の販売データを利用するまでに至っていない。書店では過去のデータが今の販売に結びつくことが多い。過去のデータを活用しなければ、書店のPOSは単なる発注マシーンにしか過ぎない。これで売ることを目指すにはあまりにも頼りない仕掛けである。

■ときめきの在処
 小売店では、商品を見せる、手に取らせることが重要なポイントだ。そして何よりも陳列されている商品に心がときめかなければならない。あなたにも経験があるずだ。洋服でもなんでもいい、買い物に行った時のことを思い出せばいい。良い店というものには、その店の雰囲気が漂っている。それは厳選された商品のひとつひとつが発する匂いである。ディスプレイだって関係している。本の場合は、商品構成だ。
 ミステリーファンが書店を訪れる。綾辻行人の本と竹本健治の本が並んでいる書店には満足だが、赤川次郎の本の隣に島田荘司の本が並んでいれば、それだけで店は信頼を失ってしまう。また僕だったら、釣りの本の棚にブローティガンの「アメリカの鱒釣り」なんて本があれば、なんて気の利いた書店だろう、と思い棚の隅々まで見てしまう。そして僕が欲しいと思う素敵な本と出会わせてくれるに違いない。こういうことはデータベースでは出来ない。またやってもしょうがない。なぜなら、そうすれば、「アメリカの鱒釣り」はどの書店に行っても釣りのコーナーに陳列されることになるのだから。

■本という商品
 物を売るという場合、そこには必ず人の創造性というものが介在している。それは優秀な小売店を見れば、理解できるはずだ。ディスカウントストアーやコンビニという種類の小売店には物を買う楽しみは必要がない。安いという価値と、とりあえず間に合えばいいという価値を売っているからである。書店の場合、駅の売店やスタンド形式の店を除けば、そうした種類の小売店ではないことは明らかだ。飲食店なら少し味が落ちても店の雰囲気が良ければ通ってしまうということがある。これは飲食店の場合、店の雰囲気も味の要素あるからだ。書店の場合、店がきれいだからといって本は売れない。何よりも商品が最優先される商売だからだ。
 機械とアルバイトに任せておけば、とりあえず商品は店頭に並ぶことになる。出版社と取次店に任せておいても同じだ。しかしその先さらに売り上げを上げていくためには、どんな商品を売るのかを常に考えていなければならない。立地と商圏人口を頼りに商売をすれば、限界はすぐに訪れる。なぜなら本は、それを探してでも買うという人たちによって買われる商品だからだ。

■伝えたいこと
 僕が書店の人に今言いたいことは、書店は本を売ることが生業である限り、商品についてもっともっと理解を深めて欲しいということだ。1冊のベストセラーがあればそこから広がる世界(類書、関連書)を想像して欲しいということだ。誰だって1冊の本との出会いから、次々と本を読んだ経験があると思う。読者はそうした読書の醍醐味を欲しているのだし、それにつけ込むのが書店の商売の方法だと思っている。
 また1冊の本からそれを読む人がどんな人であるのかも想像して欲しい。僕はある書店で「月刊バスワールド」を毎月買っているが、3年たっても僕にバス釣りの単行本を買わせようとする仕掛けをしてくれない。「僕のことをもっと分かってよ」と言いたくなる。でもまあいいさ、単行本は別の書店で買っているから。そんなことだ。
 「本を売っている」という当たり前の事実、そのことについて深く考えてみて欲しい。ある店では本が売れて貨幣になったが、ある店では同じ本が返品になり、ただの紙屑になったということ。本は読者が貨幣に代えてくれなければただの紙だ。だたの紙なのか、商品なのか、それがあなたの店によって決定される、ということを考えれば、書店の仕事の面白さが見えて来ると僕は思っている。

■すべては棚から始まる
 僕がこの場を借りてこんな文章を書いているのは、出版社に勤務する立場として、売れる書店が多くなればそれだけ我々も儲かるというのが、執筆の単純な動機だ。また長年書店を見ていて、せっかく良い書店なのにもう少し人手をかければもっと売れるにの、という経験をたくさんしたこともこの文章を書いている動機だ。
 こんな話を知っていますか?
 完璧に棚を作り上げた書店人が、その棚から本が抜けるのを嫌がり、お客さんが本を買おうとした時、「買うな」と言ったという話。
 これほどでなくても自分の店の棚に自信を持って欲しいし、自信のある棚を作って欲しいと思う。すべてはそこから始まると、僕は信じいる。ひとりの人間が店の商品を把握出来ないほど書店は巨大化してしまったが、何が陳列されていて、何が売れているのかを日々把握できていなければ、本を売るという商売は出来ないと僕は考えている。
あなたの店はどうですが。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ