「ぜーんぶ、 版元さんのお陰や。」と。
「売れる本があって、 それを売らしてもろとるさかい、 わしらー飯が食えるんや。」
「えー本作ってや、 そして売らしてや。」
彼は、 言葉は悪いが、 いわゆるインテリではなかった。
「難しーことわかれへん。」
と彼はよく言っていた。 そんな彼に版元の営業マンが新刊の案内をしていると、
「それでどないやねん。 それ売れるんけ。」
という。 出版社の営業マンは 「売れません。」 とはなかなか言い辛いので、
「そりゃあ、 売れますよ。」 と答えると、
「ほな、 売りまひょか。」 と彼は言った。
しばらくして店をその営業マンが訪ねると、
「あれ、 売れます、 言うてたけど、 売れへんで。 あんなんあかんわ。」 と笑い飛ばすのである。 それ以来その営業マンは、 彼に対しては軽率に 「売れます。」 という言葉が使えなくなった。
彼は、 商品に対してとても正直だった。 売れるものはそれが何であれ、 「売れている」 と思い、 売れない本は 「あかん」 と思う。 格闘技好きらしく勝ちか負けしかないのだ。 だから勝った本は、 とことん愛してしまうのだ。 売れ行きが鈍り出しても、
「よー売れた本やし、 まだまだいけまっせ。」
と平積をはずそうとはしない。 そんな彼の本を売るということに対する考え方が丘羊子は好きだったのだ。
それからしばらくして、 彼女がその店で働くことについて、彼女の我慢の限界を越えようとしていたとき、 吉野は事故でこの世を去った。 その店で働く理由を失った丘は、 犬猫堂に移ったのである。
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