その9

《納得いきませーん》

 増床リニューアル開店間もない犬猫堂の実用書の棚の前にへばり付いて、 本をゴソゴソと動かしている人がいた。 丘羊子である。
「どうもしっくりしないんですよ。 この棚。」 と猿山に相談した。 いわゆる平台付の中立ちで構成された実用書の棚は、 中立ち両面と向い合うもう一方の中立ちの一面を使って構成されたものだった。 リニューアル前に猿山とふたりでいろいろとアイデアを出し合ったが、 3面構成の棚を使って商品構成するのは至難の技だった。 店全体のバランスを考えると、どうしても実用書の棚だけがちょっと使いづらいものとなってしまった。 開店間もないこともあり、 棚全体を動かすことはままならず、 現状でいかにお客に対し商品が選び易く、 かつヴォリュームを持たせるかが課題だった。
 猿山は店全体のバランスから考えればしかたないなと、 この難問を半ばあきらめていたところがあった。 彼女も猿山同様、 どうしようもないのかなと思っていた。 しかしどうしても納得がいかないのだ。 数日後また彼女が棚にへばり付き、 ゴソゴソを本を動かし始めた。
「まだしっくりしないんですよ、 この棚。」
彼女は諦める様子もなく、 モクモクと棚づくりを続けている。
「一応、 今のままでしばらくお客さんの動きを見て、 出来る部分は改造したらいいけど、 この棚配置では、 どこか辛抱する部分ができるよ。」 というのが、猿山の精一杯のアドバイスだった。
 フルカバーの棚、 ジャンルの仕分け、 メイン商品の定位置、 見切らねばならない棚など、 彼女にとって不満は残るものの、 商品構成が一段落したのは1年ほどたってからのことであった。

 今ではその棚を寅が管理しているのだが、 そんな苦労して出来上がった棚であることを、 最近入った寅は知らない。そしてつい先日、寅から、
「丘さん、料理書の棚をもう少し増やせばいいと思いませんか。でもこの棚、使いづらくて、簡単にそうはいきませんよね。」と言われた。
 丘は再びムラムラと棚改造の虫が動き出すのを感じた。

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