猿山は、 袋からその日売れた本の売上カードを取り出した。 売上カードを広げるのには、 大きなスペースが必要だから、 彼はテーブルにはつかずに、 畳みの上にドカリと座り込む。 一枚一枚その日売れた本のカードをめくりながら、 酒を呑むのだ。 彼はこの時が一日で一番の至福の時間だと思っている。
「おお、 これが売れたのか。 この本は俺が売れると思っていたやつだ。」
「こいつは2冊もうれているぞ。 明日はもう少し注文しておかないとな。」
とか、 奥さんに気付かれないような小さな声で独り言をいい、 チビチビと酒を呑みながら時間を過ごすのである。 たまにはひとり笑いしてしまい、 奥さんから変人扱いされたりもするが、 一向に気にしていないのである。
この風景を第三者が見ると、 ちょっと、ゾッとするものがあるが、 猿山にとってもう20年近くも続けているスタイルなのである。 毎晩、 毎晩繰り広げられる、 売上カードとの孤独な対話。 もちろん犬猫堂の誰ひとりとして猿山がこんなことをしているなんて知らない。 犬田だって知らないことなのだ。
ミステリーが中盤にさしかかり、 これからどうなるのだろうと考え始めたとき、 猿山は妻に声を掛けた。
「そろそろ、 食事にするよ。」
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