その13

《セット商品の情けなさ》

 学生出版社の藤川は猿山と喫茶店で向かい合いながら話をしていた。 猿山が持ち掛けてきたセット商品のことである。

 犬猫堂が50坪から100坪に増床したとき、 取次店に頼んで仕入れたセット商品の動きが鈍くなっているというのである。 猿山とてスーパーマンではない。 リニューアルした時、 どんな品揃えをしたらいいの分からないものもたくさんあった。 そんな時便利なのが、 取次店が用意してくれるセットというやつだった。 コミックならこれ、 実用書ならこれ、 文庫ならこれとかいうやつで、 最近では複数の出版社がグループを組んで売れ行きの良いものを出し合って、 書店の便宜をはかっていることもある。 こういう商品群は、 ハズレがないかわりに当たりもないのが普通だと分かっていたが、 猿山はとりあえずこのセット商品を仕入れた。 ハズレがないからいいと言えばそうなのだが、 売上を拡大するためには、 当たりのない商品に頼ることは致命傷である。

「藤川さん、 どう思います。 一年前に入れたセット商品なんですが、 最近回転率が落ちているんですよ 。そろそろ見直しをしないと、 と思っているんですけどね。」
「そうだよね、 例えば実用書のペット関係でも、 イヌがいいのか、 ネコがいいのか、 金魚がいいのか、 ゾウがいいのか、 ライオンがいいのか、 そんなことわからないからセット商品にするわけだけど、 その中からネコがいいとなれば、 ネコ関係を充実するのが正解なんだからね。 なのにセット商品ってやつはみんな同率の品揃えなんだからネコ関係はいつまでたっても同じ数しか売れなくて、 そのうち読者が一巡して停滞する。 やがて売れなくなって 『うちではイヌもネコも同じくらいしか売れないよ』 というようなことになり、 せっかく芽生えかけた売れ筋を摘んでしまうことになるからね。」
「やっぱり、 そうですよね。 実をいうと、 もう一年セット商品を更新しようと思っていたんです。 だってほら、 商品の絞り込み作業って大変じゃないですか。 もう一年セットでつないでも、 売上に大きなダメージはないと思っていたんです。 でもやっぱりサボっちゃダメですよね。」 と、 猿山は自分を奮い立たせるように言った。
「そうだよ、 セット商品というのは、 基本的にはパイロット商品であるということをキチンと押さえておかないと、 長続きしない。 そしてこれらは金太郎飴商品でもあることを忘れずにね。」
と藤川は言ってみたものの、 猿山の多忙さを考えると、 少し気の毒なような気もしていた。

左三角前に 上三角目次へ 三角印次へ


ご意見・ご連絡先
学芸出版社
営業部 藤原潤也(eigyo-g@mbox.kyoto-inet.or.jp)