その16

《売れますよ、お願いします》

 犬猫堂は、 開業以来売上を伸ばしていることもあって、 出版社側から見れば販売促進の対象ということになる。 だからよく出版社の営業マンが訪れる。 先日も初めて訪れたある出版社の営業マンと猿山は面会した。
「よろしくお願いします。」と言った後、新刊の内容やセールスポイントなどを話をした。そして「この本は売れますよ。」 と付け加えた後、さらに販売促進の常套句を並べたてた。

 出版社の営業マンをセールスマンと呼ばないのは、 書店がエンドユーザーではないからだ。 出版社の利益が上がるのは、 書店で売れてこそであり、書店で注文をもらったからといって、それが売上でないのが、 基本的なこの業界の決まりなのだ。
 そういう事情だからといって、 書店は、 出版社に対して 「売ってやっている」 などと思っていない。 それは、 「売ってやる」 といったところで本当に売れるのかどうか、 出版社同様分からないからである。 それから、 出版社にしても、 書店に対して 「売らしてやっている」 とは思っていない。 それは一部の商品を除いて 「売らしてやる」 と言えるような商品がないからである。

 猿山は、いつもうんざりする。 「売れます、お願いします」 という営業マンに対してだ。 猿山は 「売らない」 という言葉を使ったことがない。 いや使えない。 だから 「こんな商品があるのですが、 どうでしょう」 「うーん、 それは売れそうだね」 とか 「うーん、 それは売れないね」 というような関係が書店と出版営業マンとの関係であると思っている。
 猿山は思う。 学生出版社の藤川ともしかり、 書店と出版社は、 曖昧なバランスで関係を保っているということ。 だけどいろんなシーンでこの曖昧なバランスが崩れることがある。 書店の店頭で営業マンが新刊の案内をし、 注文番線を貰う時なんかがそういう場合だ。
「これ、 売れますから、 平積で20冊ほどお願いします。 ほんと売れますから、 お願いしますよ。」
なんて言っているシーンのことだ。 どうしてこんなにお願いしなくてならないのだろう。 なぜ売れるのかを説明して、 それを書店が売れると判断すればそれで済むことではないのだろうか。 書店も出版社も同一線上にいて曖昧なバランスを取りながら、 お互いの利益を目指しているとするならば、 へり下った過剰なお願いなんかいらない、 と猿山は思う。

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学芸出版社
営業部 藤原潤也(eigyo-g@mbox.kyoto-inet.or.jp)