猿山は、 胸のポケットに売上カードや注文短冊をいっぱいにして棚の前で本の整理をしている丘を見つけた。 そしてポケットを指さしながら意地悪く言った。
「それって、 もう必要ないんじゃないの。 犬猫堂はPOSが入っているんだから。」
丘は猿山を睨みつけて言った。
「ほんとうに猿山さんって意地悪ですね。 私は古い人間だから、 お店がPOS発注になったからといって、 これがないと仕事にならないの。」
猿山はまたしても意地悪く丘に言った、
「羊子さん、 それじゃ何のために店長がPOSを導入したのか分からないじゃないか。 自分の欲しいデータはパソコンをたたいて手に入れなきゃ。」
「パソコンをたたいて手に入るのはデータ。 私が欲しいのは売れた実感なんですから。」と丘は答えた。 そして続けて、
「猿山さんだって、 古い人間で、 売上カードじゃないと仕事が出来ないくせに。 でも蟹江くんや寅くんはPOSデータを使っているのよね。 まあ、それはそれでいいじゃない。 POSのある店で、 私みたいにいつまでも売上カードを胸ポケットに入れて、 棚の前で在庫のチェックしている方がおかしいのよね。 でも私、 この方法でしか仕事できないから。」と照れ笑いを浮かべた。
彼女が管理している棚や平台はみごとに売れ筋が陳列されており、 棚は十分に整理されている。 彼女から発せられる控え目な言葉の裏に、 機械に負けてたまるか、 と気持ちが込められていることを猿山は感じた。
丘さんなら、 何も言わなくても本の管理は任せられるな、 と思いながら猿山が立ち去ろうとしたとき、
「私の棚、 おかしくないですか。」
と丘は猿山に質問した。 猿山は十分すぎるくらい管理された棚に、 注文をつけられるわけがなかった。
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