その19

《悲しい性》

 猿山は、 書店組合の会合で大阪に出向いていた。 持って来ていた本の1巻目を行く途中の電車の中で読み終えてしまった彼は、 会合が終わってから、帰りに2巻目を読もうと思い書店に入った。
 しかし棚には1巻、 そして3巻から6巻までがあり、 猿山が欲しい2巻目がないのだった。

「あちゃー、 アンラッキー、 ついてないな。」
と思いながら、 あちこちに目を向けていたら、 あったのだ、 平台に。 全巻ドーンと平積みされている。
 うちの店だってそうだもの。 これは平積みなんだから。 この本は単行本の時だってベストセラーだったのだし、 最近テレビで放映していたし、 だからどこの書店でもいまは平積みになってるんだ。 それにここは大手書店で商品管理はバッチリのはずだ。 すぐに探せなかった僕が悪いんだ。
 そう自分に言い訳しながら、 平台から本を2冊手に取った。 1冊は買うため、 もう1冊は次のお客さんのために棚に入れるためだ。 猿山は、 2巻目が切れていたその棚に2巻を補充して、 「うんこれでいいんだ」、 なんて満足している自分をおかしいと思った。

 猿山は、 余計なことだと分かっていても、 犬猫堂以外の書店に行くと、 平台の乱れを直したり、 スリップが飛び出しているとキチンと入れ直したりしてしまう。 巻数物の場合、 順番に並んでいないと気になるし、 帯が敗れたままだったら外したくなる。 本が売られるためにキチンとしていなければ、 ムズムズしてしまうのだ。
 20年も書店の仕事をしている間にしみついた習性とも言うべき性に猿山は驚いている。 恐らくこの習性は一生直らないような気がしている。 まさか自分の部屋の書架の本をフルカバーにしたり平積みしたりすることはないと思うのだけど、 本が奇麗にディスプレイされているということがとても幸せなことだ、 という感覚が体に染み付いてしまっているのだ。

 猿山は、 帰りの電車に揺られながら、 買ったばかりの本のページを開き読み始めた。 そして数ページ読み進んだところで、 ぼんやりと車窓を眺めながら思った。
 もし、 あの時、 僕が棚しか見なかったら、 この本と出会えず、 そしてこの時間もなかったんだと。

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