その20

《仕事病》

 学生出版社の藤川は営業で東京にいた。
 書店を訪問して担当者と話を終えたとき、 藤川は肩を、ポンと叩かれた。
「こんにちは。 お仕事忙しそうですね。」と声を掛けたのは、犬猫堂とは別の地区にある藤川が時折販促に出向いている書店に勤める女性だった。 藤川は彼女に対して、 仕事に前向きで、 本を売るということに対しても研究熱心であるという印象を持っていた。
「ああ、 こんにちは。こんなところでお会いするなんて、ビックリしました。 今出張で来てまして、 今週いっぱい都内の書店さんを回っています。 ところで、 あなたは。」と、意外なところで会ったことに少し驚いて、藤川は聞いてみた。
「プライベートな用事があって東京に来ているんですが、 せっかくだから、東京の書店さんをいくつか見ておきたいと思って。」
「そうですか。 それで東京の書店さんの印象は。」
「活気があっていいですね。 それに版元さんからの情報がよく入るんでしょうね。 私が気づかない商品が平積みされていたりして、 結構たくさんメモを取りました。 でもたいしたことのない書店も結構あるし、 まあこんなものかなぁって感じです。」
という彼女の言い方に、藤川はいつも感じている彼女の熱心さを感じていた。藤川は、きっと彼女は、勉強のために何度も書店の訪問をしているのだと思い、彼女にそのことを聞いてみた。
「東京へはよく来られるのですか。」
「たまにね。」と彼女は軽く答えた。
「そのときは、 いつも書店さんを見て回るんですか。」
「ついつい見ちゃうんですよ。 仕事病でしょうか。  ところで藤川さん、ここに積んであるこの本、売れてるんでしょうか。」
と彼女は、藤川に質問した。
「お店の人に聞かなかったけど、 この店はこういう本の販売が得意だから、 売れているんでしょうね。」
藤川は、彼女と少し話をした後、彼女とその店で別れた。 彼がエスカレータに乗り、 下に降りようとしているとき、 藤川は彼女がハンドバッグからノートを取り出し、 その本のタイトルをメモしているのを見逃さなかった。
犬猫堂のスズメちゃんや丘さんも熱心だけど、 彼女ほどじゃないかなと藤川は思った。

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